「挨拶(原爆の写真によせて)」筆者が伝えたいこと・表現技法解説

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「挨拶(原爆の写真によせて)」解説 (期末テスト対策ポイント)

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中学校3年生の国語で学習する、石垣りんさんの詩「挨拶(原爆の写真によせて)」について、詩の内容や形式・構成、使われている表現技法、作者である石垣りんさんの伝えたいことをわかりやすく解説するよ。

石垣りんの詩「挨拶」のテスト対策ポイントを解説する図解イラスト

石垣りんさんの「挨拶」のアニメ調解説動画もあるよ!!

まずこの動画でお話の概要をつかむのもおすすめ。
その後、このページのテキスト解説をじっくりと読むことで、それぞれのポイントを深く理解することができるよ。

「挨拶(原爆の写真によせて)」詩の内容と基本情報

「挨拶」基本情報
作者:石垣りん
書かれた年月日:昭和27年(原爆投下の7年後)8月5日
※1952年は、日本の占領が終わり、それまで広く公開されにくかった原爆被害の写真が雑誌などで大きく紹介されるようになった時期
※広島に原爆が投下されたのは8月6日
詩の形式:口語自由詩こうごじゆうし
構成:七連
使われている表現技法:擬人法・体言止め・対句法・倒置法(省略と考える場合もある)
詩の主題:原爆による悲劇を過去のものとして忘れず、核兵器の危険が残る世界で、今の平和を当たり前だと思って油断することなく、自分たちの問題として危機に向き合わなければならない

作者の石垣りんさんについて

石垣りんの詩「挨拶」の作者石垣りんについて解説する図解イラスト

石垣りんさんは、1920年生まれで、大正から平成にかけて活躍した詩人。
第二次世界大戦を経験しているよ。
石垣りんさんは東京に住んでいたので、原爆は経験していないけれど、空襲で家を全焼したり、家族がバラバラになってしまったりしているんだ。

この「挨拶」は1952年(昭和27年)に書かれた詩なんだ。
つまり、原爆投下から7年後のもの

当時、石垣りんさんは銀行員として働いていたよ。
1952年は、サンフランシスコ平和条約が発効し、日本の占領が終わった年でもあるんだ。

この頃には、それまで広く公開されにくかった原爆被害の写真が、雑誌などで大きく紹介されるようになったよ。1952年8月6日号の『アサヒグラフ』でも、原爆被害の写真が大きく掲載されたんだ。

石垣りんさん自身も後に、この詩を書いたのは、原爆被災者の写真を発表できるようになった年だったという趣旨のことを振り返っているよ。

そこで、石垣りんさんが働いていた銀行では、原爆投下の8月6日の朝に掲示する壁新聞に原爆被害の写真を載せることになったんだ。

その写真に添えるために、石垣りんさんは詩を書くことを頼まれたよ。
初めて目にした原爆被災者の写真から強い衝撃を受け、書かれたのが「挨拶(原爆の写真によせて)」なんだ。
この詩には、そのときの石垣りんさんの気づきと、願い、思いがこめられているんだね。

詩の形式について

石垣りんの詩「挨拶」の詩の形式について解説する図解イラスト

詩の「形式」というのは、つまり「どんなきまりで詩が書かれているか?」ということ。
この「きまり」は、次の2つで分かれるんだ。

  • 使う言葉(口語か、文語か)
  • 文字数のきまりがあるかないか(定型か、自由か)

使う言葉で分ける

詩で使われている言葉が、「今の日本で普通に使われている話し言葉」なのか、それとも「昔の書き言葉」なのかで分けるよ。

「今の日本で普通に使われているような話し言葉」のことを「口語こうご」といって、「昔使われていた書き言葉」のことを「文語ぶんご」というんだ。

詩の形式を決める「文語」と「口語」とはどういうことかを説明しているイラスト

たろう
「挨拶」で使われている言葉は、基本的には今の話し言葉と同じだね。
ということは、「口語」ということだね。

文字数のきまりがあるかないか

詩は「○文字で書く(きまりがある)」のか、「文字の数は気にしないで自由に書く(きまりがない)」のかというように、きまりの違いや、あるなしによって「形式」が分かれるんだ。

「○文字で書く(きまりがある)」詩を、「定型詩ていけいし」と呼ぶ よ。
「型(文字数)が定まっている(きまりがある)」から定型詩だね。

くまごろう
「挨拶」の詩には、文字数のきまりはありそうかな?

たろう
うーん。
どの連も、とくに文字数にきまりはなくて、バラバラだね。

そうだね。
文字の数に、一定のきまりがないので、「挨拶」は「自由詩」 だよ。
さらに、使われている言葉は「口語」だったよね。
だから、「挨拶」の詩の形式は「口語自由詩こうごじゆうし ということになるんだ。
この詩の形式については、高い確率でテストに出るので、必ずおさえておこう。

詩の構成(何連か)

石垣りんの詩「挨拶」の詩の構成について解説する図解イラスト

詩の「連」とは、詩を大きなまとまりで分けたもの。

「挨拶(原爆の写真によせて)」は、7つの大きなまとまりで分けられるよ。
なので、七連で構成されている詩だね。

「挨拶(原爆の写真によせて)」表現技法

「挨拶(原爆の写真によせて)」で使われている表現技法を確認しよう。

石垣りんの詩「挨拶」で使われている表現技法について解説する図解イラスト

擬人法

擬人法とは、人間でないものをまるで人間のようにたとえて表現することで、印象に残るようにする表現技法だね。

「挨拶(原爆の写真によせて)」の次の部分を見てみよう。

地球が原爆を数百個所持して
「生と死のきわどい淵を歩く

地球は人間ではないので、原爆を「所持」することはないし、もちろん「歩く」こともしないね。
地球を人間のように扱っているので、ここで使われている表現技法は「擬人法」だね。

ここでの「地球」は、文字どおりの惑星だけでなく、地球上の人類や国家全体を背負った表現として読むこともできるよ。

体言止め

体言止めとは、名詞で文を終わらせることで余韻が残って、読み手の印象に残るようにする表現技法だね。

「挨拶(原爆の写真によせて)」では、例えば次の部分に注目しよう。

「二五万の焼けただれのひとつ
「すでに此の世にないもの

「ひとつ」「もの」という名詞(体言)で表現を止めることで、原爆の被害を受けた人の存在を強く印象づけていると考えられるよ。

ただし、詩では行の終わりが名詞だからといって、必ず体言止めになるわけではないんだ。
次の行へ意味が続いているか、そこで意味がいったん切れているかにも注目しよう。

対句法

石垣りんの詩「挨拶」で使われている表現技法について解説する図解イラスト

対句法とは、形や構造の似た二つの語句や文を対応させて並べ、意味やリズムを強調する表現技法だよ。

「挨拶(原爆の写真によせて)」の次の部分を確認してみよう。

「すこやかな今日の顔」
「すがすがしい朝の顔」

「見きわめなければならないものは目の前に」
「えり分けなければならないものは手の中に」

「あなたの如く」
「私の如く」

それぞれ、形や構造の似た語句や言い回しが対応するように並べられているね。
なので、ここで使われている表現技法は「対句法」だよ。

倒置法(または省略法)

「倒置法」とは、言葉の順番を入れ替えて、印象に残るようにする表現技法。

「挨拶(原爆の写真によせて)」に出てくる次の部分に注目してみよう。

も一度見直そう
戦火の跡もとどめぬ
すこやかな今日の顔
すがすがしい朝の顔を

「戦火の跡もとどめぬ すこやかな今日の顔 すがすがしい朝の顔を も一度見直そう」というつながりで考えると、「も一度見直そう」が先に置かれているので、倒置法として捉えることができるよ。

ただ、この部分については「省略」だと考えることもできるんだ。
なぜかというと、この部分の少し前まで含めて見てみよう。

とはいえ
友よ
向き合った互いの顔を
も一度見直そう
戦火の跡もとどめぬ
すこやかな今日の顔
すがすがしい朝の顔を

前の部分まで含めると、「向き合った互いの顔を も一度見直そう」と考えることができるよね。
そして、「戦火の跡もとどめぬ すこやかな今日の顔 すがすがしい朝の顔を」の後に来るはずの「も一度見直そう」が省略されている、と考えることもできるんだ。

学校教材や定期テストでは「倒置法」として扱われることがあるよ。ただし、文のつながりから「後ろの『も一度見直そう』が省略されている」と考えることもできるので、授業で先生がどのように説明したかも確認しておこう。

「挨拶(原爆の写真によせて)」言葉の意味と内容

テストでは、使われている言葉の意味を聞かれることもあるので、しっかり確認しておこう。

言葉の意味

言葉意味
戦火戦争によって起こる火災のこと。
「戦争」そのものを意味することもある。
とどめぬ「とどめない」ということ。
もとのかたちのまま、あとに残さない、ということ。
すこやか(健やか)健康なこと。
りつぜん(慄然)恐ろしくてぞっとすること。
きわどい(際どい)スレスレであぶないこと。
見きわめる(見極める)十分に確認すること。
えり分ける(選り分ける)多くの中から善悪や適否を見て、区別すること。
油断大したことないと、気をゆるすこと。注意が足りないこと。

戦争が起こっている範囲が広がることを「戦火が広がる」とか、戦争が起きている場から逃げることを「戦火を逃れる」とも言うんだ。

「挨拶(原爆の写真によせて)」での「戦火の跡」という言葉は、「戦争があったことがわかるしるし・・・」を表しているよ。

詩の中で使われている言葉の内容

「挨拶(原爆の写真によせて)」の詩で書かれている内容は、それがどういう意味なのか、あまりハッキリと書かれていないものが多いよ。
つかわれている言葉が、どんな意味を持っているのかなど、ひとつひとつ確認をしよう。

「焼けただれた顔」とは

「焼けただれる」とは、ひどい熱によって皮膚などが激しく焼け、傷つくことだよ。

原爆が爆発したとき、爆発点の温度は100万℃を超え、火球が生まれたとされているんだ。火球から放出された強烈な熱線によって、爆心地周辺の地表面は3,000〜4,000℃に達したとされているよ。

詩に書かれている「焼けただれた顔」とは、一九四五年八月六日に広島にいて、原爆の被害にあった人の顔のことだね。

「一九四五年八月六日」とは

1945年8月6日は、第二次世界大戦中、アメリカ軍によって広島に原爆が投下された日だね。
「原爆が投下された日」を「一九四五年八月六日」と表現しているんだ。

「二五万の焼けただれのひとつ」とは

「二五万」という数字について

この詩では、「二五万」という数字が使われているよ。

ただし、広島への原爆投下によって亡くなった人の正確な人数は、現在でも分かっていないんだ。現在、広島市では、1945年12月末までに約14万人(±1万人)が亡くなったと推計しているよ。

そのため、「二五万」を現在確認されている実際の死者数として覚えるのではなく、この詩の中で作者が用いている数字として理解することが大切なんだ。

「二五万の焼けただれのひとつ」という表現では、目の前にある一人の「焼けただれた顔」の背後に、原爆によって被害を受けた非常に多くの人々の存在が重ねられていると考えると分かりやすいよ。

一人の顔から、原爆による被害を受けた多くの人々へと視野を広げる表現になっているんだね。

「友」とは

「とはいえ 友よ」と、詩の中で語りかけられているのは誰だろう?

この詩は、もともと石垣りんさんの勤め先の壁新聞に掲示するために書かれたものだったよね。

だから、成立時の「友」は、まず職場の仲間など、石垣りんさんの身近にいた人々への呼びかけと考えることができるよ。

でも、この詩は今も私たちに読まれているよね。そのため、この「友」への呼びかけは、作品を読む現在の私たちにも広がっていくものとして読むことができるんだ。

「向き合った互いの顔」

「向き合った互いの顔」とは、誰と誰の顔のことだろう?

直前では「友よ」と呼びかけているね。

そのため、「向き合った互いの顔」は、まず詩の語り手である「私」と、呼びかけられている「友」の顔と考えるのが自然だよ。

そして、「友」への呼びかけが現在の読者にも広がっていくと考えると、この「互いの顔」を見直すという呼びかけも、今を生きる私たちにつながってくるんだね。

「戦火の跡もとどめぬ すこやかな今日の顔・・・」

「戦火の跡もとどめぬ」は、「戦争があったことが分かるようなしるし・・・が残っていない」ということだね。

つまり、「すこやかな今日の顔」「すがすがしい朝の顔」は、まず戦争の傷跡が外見には残っていない、健康で穏やかな現在の顔を表しているんだ。

でも、詩の後半では、そのような平穏な顔が「油断」という言葉につながっていくよ。

今は平穏だからといって、戦争や核兵器の危険までなくなったわけではない。そのことを忘れてしまってはいないか、と作者は私たちに問いかけていると読めるんだ。

「その顔の中に明日の表情を探すとき・・りつぜんとするのだ」

「その顔の中に明日の表情を探すとき」とは、どういうことだろう?

向き合った互いの顔は、「すこやかな今日の顔」で、「すがすがしい朝の顔」なんだよね。

「明日の表情を探す」とは、単に「明日はどんな顔をしているだろう」と考えるだけではなく、今はすこやかで平穏な顔をしている自分たちが、これからも同じように平穏でいられるのか、その未来の姿を考えることだと読めるよ。

では、なぜそこで「りつぜんとする」のだろう?

このあとには、「地球が原爆を数百個所持して 生と死のきわどい淵を歩くとき」と続いているね。

つまり、核兵器の危険が残る世界では、今の平穏が明日も続くことは決して当たり前ではないんだ。

今は何事もなく生活している自分たちが、その危険を忘れて油断してしまっていることに気づき、作者は恐ろしくてぞっとする、つまり「りつぜんとする」と考えられるよ。

「地球が原爆を数百個所持して・・・きわどい淵を歩くとき」

詩では、「地球が原爆を数百個所持して」と表現されているよ。

もちろん地球そのものが原爆を持っているわけではないよね。ここでは、地球上の人類や国家が核兵器を持っている状態を、「地球が所持している」と表していると考えられるんだ。

そして「生と死のきわどい淵を歩く」というのは、核兵器によって大きな被害が再び起こる危険を抱えながら、人類が生きている状態を表していると読めるよ。

そんな危険があるにもかかわらず、なぜ「あなた」はそんなに安らかで、美しい顔をしているのか。

作者は、今が平穏だからといって安心しきるのではなく、危険が存在していることに気づかなければならないと問いかけているんだね。

「何かが近づいてきはしないか」

「何か」とは、なんのことだろう?

作者は、あえて「原爆」とは言わず、「何かが近づいてきはしないか」と表現しているね。

そのため、「何か」を一つのものだけに決めるのではなく、核兵器の使用や戦争など、再び人々を破滅へ向かわせるような危険を表していると考えるとよいよ。

「しずかに耳を澄ませ」と呼びかけていることからも、危険の兆候を見逃さず、よく注意してほしいという作者の思いが読み取れるね。

「見きわめなければならないものは目の前に えり分けなければならないものは手の中にある」

ここも、テストで内容を聞かれやすい大切なところだよ。

「見きわめなければならないものは目の前に」とあることから、作者は、危険を遠い世界の出来事として考えるのではなく、現在すでに自分たちの前にある現実や危険をしっかり見つめる必要があると伝えていると読めるよ。

また、「えり分けなければならないものは手の中にある」とあることから、何を選び、どのように行動するかも、誰かに任せるだけではなく、私たち自身が考えなくてはならない問題だと捉えることができるんだ。

つまり、危険の兆候を自分たちの問題として見きわめ、何を選ぶべきかを自分の責任で考えなければならないという呼びかけなんだね。

「午前八時十五分は毎朝やってくる」

「午前八時十五分」は、1945年8月6日に広島へ原爆が投下された時刻なんだ。

でも、「午前八時十五分」という時刻そのものは、1945年8月6日だけのものではないよね。私たちの生活にも、午前8時15分は毎朝やってくるんだ。

作者はこの表現によって、原爆の惨禍を過去の一度きりの出来事として遠ざけるのではなく、現在を生きる自分たちにもつながる問題として考えなければならないことを伝えていると読めるよ。

今も危険が完全になくなったわけではない以上、今日の平和を当たり前だと思って油断してはいけない、という警告にもつながっているんだ。

「いま在る」

「いま在る」は、続く「あなたの如く 私の如く」につながって考えると分かりやすいよ。

つまり、原爆で命を奪われた人々も、その朝までは、今ここに存在している「あなた」や「私」と同じように、日常を生きていたということなんだ。

過去の被爆者と現在の私たちを重ねることで、原爆の悲劇を「昔の、自分とは関係のない人々の出来事」にしてはいけないということが伝わってくるね。

「やすらかに 美しく 油断していた」

「やすらかに」「美しく」という言葉は、今を生きている「あなた」や「私」の、平穏な顔とも重なる表現だよね。

原爆の犠牲になった人々も、1945年8月6日の朝までは、今の「あなた」や「私」と同じように、何気ない日常の中で穏やかに生きていたんだ。

しかし、その日常は原爆によって突然失われた。

ここで大切なのは、原爆の犠牲になった人々を「油断していたから被害にあった」と責めているのではないということだよ。

作者は、その人々の姿を現在の私たちに重ねることで、今の平穏が当然に続くと思い込んで、戦争や核兵器の危険への注意を失ってはいけないと問いかけていると読めるんだ。

「挨拶(原爆の写真によせて)」作者が伝えたいこと

石垣りんの詩「挨拶」の作者の伝えたいことを解説する図解イラスト

「挨拶(原爆の写真によせて)」の詩で、作者である石垣りんさんが伝えようとしていることをまとめよう。

「原爆による悲劇を、過去の出来事として忘れてはいけない」
「核兵器の危険が残る世界で、今の平和を当たり前だと思って油断してはいけない」
「危険を自分たちの問題として見きわめ、何を選ぶべきか考えなくてはいけない」
「同じような悲劇を二度と繰り返してはならない」

この詩で特徴的なのは、広島への原爆投下を過去の出来事として語るだけではなく、現在を生きる「あなた」と「私」に問いかけているところなんだ。

原爆で亡くなった人々も、その日の朝までは、今の私たちと同じように普通の日常を生きていた。
だからこそ、今が平和だからといって、それがずっと続くことを当たり前だと思ってはいけないんだね。

原爆による悲劇を忘れず、核兵器や戦争につながる危険に注意を払い、自分たちは何を選ぶべきなのかを考え続けること。
そこに、この詩の大きなメッセージがあるんだ。

なぜ「挨拶」なのか(題名の意味)

なぜこの詩に「挨拶」という題名をつけたのか、石垣りんさん本人が後に説明しているよ。

それによると、この詩は、友達に「オハヨウ」と呼びかけるかわりになる詩という意味で、「挨拶」と題したということなんだ。

ここまでは、石垣りんさん本人が説明している題名の由来だよ。

ここからは、題名と詩全体を結びつけた一つの読み方だけれど、「挨拶」は、人と人とが日常の中で交わす、とても身近なものだよね。

そんな身近な「挨拶」という題名をつけながら、作者は、原爆の悲劇や核兵器の危険を、遠い出来事ではなく、私たちの日常のすぐそばにある問題として考えてほしいと呼びかけているようにも読めるよ。

「挨拶(原爆の写真によせて)」テスト対策ポイントまとめ

「挨拶(原爆の写真によせて)」テスト対策ポイント

  • 作者は石垣りん
  • 詩の形式は「口語自由詩」
  • 七連からできている
  • 使われている表現技法は、擬人法・体言止め・対句法・倒置法(省略と考える場合もある)
  • 「二五万」は、現在確認されている広島の原爆による実際の死者数ではなく、この詩の中で作者が用いている数字として理解する
  • 「焼けただれた顔」とは、一九四五年八月六日に広島にいて、原爆の被害にあった人の顔のこと
  • 「二五万の焼けただれのひとつ」は、一つの被爆者の顔の背後に、原爆による被害を受けた多くの人々の存在を重ねた表現と考えられる
  • 「友」は、成立時にはまず職場の仲間など身近な人々を指し、その呼びかけは現在の読者にも広がっていくと考えられる
  • 「向き合った互いの顔」は、まず詩の語り手である「私」と、呼びかけられている「友」の顔
  • 「明日の表情を探す」とは、今は平穏な自分たちが、これからも同じように平穏でいられるのか、その未来の姿を考えること
  • 「りつぜんとする」のは、核兵器の危険が残る世界では今の平穏が明日も続くことは当たり前ではないのに、自分たちが油断していることに気づくから
  • 「何か」は、核兵器の使用や戦争など、人々を再び破滅へ向かわせる危険を表していると考えられる
  • 「見きわめなければならないものは目の前に えり分けなければならないものは手の中にある」から、危険を自分たちの問題として見つめ、何を選ぶべきか自分で考える必要があることが読み取れる
  • 「午前八時十五分は毎朝やってくる」は、原爆の惨禍を過去の一日に閉じ込めず、現在の私たちにもつながる問題として考えるよう呼びかける表現
  • 「いま在る あなたの如く 私の如く」から、原爆で亡くなった人々も、今の「あなた」や「私」と同じように日常を生きていたことが読み取れる
  • 「やすらかに 美しく 油断していた」は、原爆の犠牲者を責める表現ではなく、普通の日常が突然失われた事実を現在の私たちに重ね、今の平穏を当然だと思って油断してはいけないと問いかけている
  • 作者の伝えたいこと・詩の主題は、原爆による悲劇を過去のものとして忘れず、核兵器の危険が残る世界で今の平和を当たり前だと思わず、自分たちの問題として危機に向き合わなければならないということ

ここまで学習できたら、「挨拶(原爆の写真によせて)」のテスト対策練習問題やドリルにもぜひチャレンジしてみてね!

「挨拶(原爆の写真によせて)」テスト対策練習問題と過去問まとめ
【中学国語】石垣りん「挨拶(原爆の写真によせて)」漢字ドリル
【中学国語】石垣りん「挨拶(原爆の写真によせて)」語句・表現技法ドリル
【中学国語】石垣りん「挨拶(原爆の写真によせて)」内容理解ドリル
【中学国語】石垣りん「挨拶(原爆の写真によせて)」主題・表現効果ドリル

参考文献・参考資料

※本記事では、光村図書『国語3』掲載の石垣りん「挨拶――原爆の写真によせて」の本文をもとに、定期テストで重要となる内容・表現・主題を整理しています。原爆に関する歴史的事実については、広島市などの公的資料を参照し、詩の中で用いられている表現と現在確認されている史実を区別して解説しています。

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運営者情報

青山学院大学教育学科卒業。TOEIC795点。2児の母。2019年の長女の高校受験時、訳あって塾には行かずに自宅学習のみで挑戦することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。志望校の特待生クラストップ10位内で合格を果たす。 ※サイト全体の運営実績についてはこちらにまとめています。

感想や意見を聞かせてね

  1. 難しくて理解できなかったのですが、詳しく説明が書かれていてすぐ理解することができました!ありがとうございます^^

  2. めちゃくちゃわかりやすくて定期テスト対策にぴったりです!助かります!ありがとうございました!!




























  3. !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

  4. 分かりやすくて、定期テストの対策に繋がりました!
    もっと活用していきたいです。

  5. 『あなたの如く 私の如く』の『如く』は、ようにと言い換えることができるので、対句でもあり直喩でもあるのではないでしょうか。

  6. 中学校の国語の授業で使う資料として使わせていいただきました!

    先生はこれを使っていたことを知らないので見事に「A」を取ることができました!
    本当にありがとうございました!

  7. 「向き合った互いの顔」について
    誰と誰の顔か という問いに対して
    「私」と「友」の顔だと習ったのですが
     私は「友」と「友」だと思いました。
     なぜ「私」と「友」なのでしょうか。

  8. テスト勉強に使わせていただきました!
    とってもわかりやすく説明されていて、多分ここの問題は!
    (ちょっと、盛ったかな…?
    学校の授業だと分からないことも多かったのでこうゆう物があると便利で助かります!
    めちゃ、役に立ちました!

    • 教えていただきありがとうございます!!
      修正いたしました。
      とても助かりました!

  9. まじで今までの見てきたサイトの中で、1番わかりやすかったです。また、詳しく書かれていたのが良かったです!

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