石川啄木「不来方のお城の草に寝ころびて~」意味と表現技法・句切れを解説(短歌を味わう)

中学校2年生の国語で学習する石川啄木の短歌「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」について、わかりやすく解説するよ。
短歌の意味、「不来方」や「十五の心」の意味、句切れや表現技法、作者の心情など、定期テスト対策に必要なポイントをくわしく説明するよ。

目次

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「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」歌と読み方

不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心

【読み方】
こずかたの おしろのくさに ねころびて
そらにすわれし
じゅうごのこころ

「不来方」は、「こずかた」と読むよ。

この歌は、石川啄木の第一歌集『一握の砂』に収められている短歌だよ。

「不来方のお城」とは

「不来方」は盛岡の古称だよ。
そして「不来方のお城」は、現在の岩手県盛岡市にある盛岡城を指しているんだ。

歌に詠まれている情景としては、城として使われていた時代ではなく、盛岡城跡の草の上に寝ころんでいる場面と考えるとわかりやすいよ。

啄木が通っていた中学校は盛岡城跡のすぐ近くにあり、啄木は中学生のころ、ときおり教室を抜け出して城跡へ行き、そこで文学への夢をふくらませていたと伝えられているよ。

現在の盛岡城跡公園には、この歌を刻んだ石川啄木の歌碑も建てられているんだ。

歴史的仮名遣い「吸はれし」

「空に吸はれし」の「吸はれし」には、歴史的仮名遣いが使われているよ。

「吸はれ」は、現代仮名遣いでは「吸われ」となるね。

さらに「し」は、過去を表す助動詞「き」の連体形なので、

吸はれし = 吸われた

という意味になるよ。

啄木の「三行書き」

『一握の砂』では、短歌を3行に分けて書く「三行書き」が特徴なんだ。

この歌も、

不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心

と3行に分けて書かれているね。

ただし、三行書きと句切れは別のものなので注意しよう。

三行書きは、短歌を紙面上でどのように配置するかという見た目・表記の工夫。
それに対して句切れは、短歌の意味や文法上の大きな切れ目のことなんだ。

たろう
3行で書かれているからといって、「3句切れ」という意味ではないよ。

初めに発表された歌から推敲されている

この歌は、1910年11月に雑誌『スバル』で初めて発表されたよ。

そのときは、

不来方のお城のあとの草に寝て空に吸はれし十五の心

という形だったんだ。

その翌月、1910年12月に出版された『一握の砂』では、

不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心

となっているよ。

「お城のあとの草に寝て」から「お城の草に寝ころびて」へ、啄木自身が表現を推敲したことがわかるね。

これは定期テストの必須事項というより、作品をより深く味わうためのポイントとして覚えておくといいよ。

「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」意味と解釈

まず、歌に使われている言葉を確認してみよう。

  • 不来方:盛岡の古称。
  • 不来方のお城:盛岡城。歌の情景としては盛岡城跡。
  • 寝ころびて:寝転んで。
  • 吸はれし:吸われた。
  • 十五の心:15歳のころの自分の心。

現代の言い方でまとめると、次のようになるよ。

不来方の城跡の草の上に寝転んでいると、自分の心まで広い空に吸い込まれていくように感じた、15歳のころの心よ。

城跡の草の上に寝転び、広い空を見上げている15歳の少年。

その心が、まるで空に吸い込まれていくように感じられた情景が詠まれているんだね。

ただし、本当に「心」が空に吸い込まれたわけではないよ。

広い空を見上げたときの、自分の心が空へ引き込まれていくような感覚を比喩的に表現しているんだ。

「十五の心」とは

「十五の心」とは、文字どおり「15個の心」という意味ではないよ。

「15歳だったころの自分の心」という意味なんだ。

この歌は15歳だったその瞬間に詠んだ歌ではなく、のちの啄木が15歳のころの自分を振り返って詠んだ歌なんだね。

そのため、「十五の心」という言葉からは、少年時代の自分を振り返るなつかしさを感じ取ることができるよ。

句切れについて

句切れとは

句切れとは、短歌の中で意味や文法上、大きく切れるところのことだよ。

この歌では、「寝ころびて」がそのあとの内容へ続き、「吸はれし」も「十五の心」を修飾しているね。

文法上・意味上、途中に大きな切れ目がないため、「句切れなし」とされるよ。

先ほど説明したとおり、3行で書かれている「三行書き」と、意味や文法の切れ目である「句切れ」は別なので注意しよう。

表現技法について

「空に吸はれし」の比喩的な表現

「空に吸はれし」という表現に注目してみよう。

人の「心」が、本当に空に吸い込まれることはないよね。

ここでは、広い空を見上げたときに、自分の心まで空へ吸い込まれてしまうように感じたことを表す比喩的な表現が使われているよ。

「〜のようだ」などの言葉を使わずに表していることから、隠喩として説明されることもある表現だよ。

ただし、学校や教材によって表現技法の分類の仕方が異なる場合もあるので、テスト対策としてはまず、「心が空に吸い込まれるように感じたことを表す比喩的な表現」と理解しておこう。

この表現によって、15歳の少年の心と、どこまでも広がる空がつながっていくような印象が生まれているね。

「十五の心」の体言止め

この歌は最後を、

十五の心

という名詞で終えているよ。

このように、文や歌を名詞などの体言で終える表現を「体言止め」というんだ。

最後に「十五の心」と置くことで、15歳だったころの自分の心を強く印象づけ、読み手に余韻を残す効果があるね。

「草」から「空」へ広がる情景

歌の前半では、啄木は「お城の草」に寝ころんでいるね。

そこから歌の中の情景は、広い「空」へと広がっていく。

自分のすぐそばにある草から、どこまでも広がる空へと視線が広がることで、15歳の少年の心まで大きな空へ吸い込まれていくような感覚が表されている、と読むことができるよ。

これは歌に直接書かれた「表現技法の名前」ではなく、情景から読み取ることのできる鑑賞の一つとして考えよう。

作者「石川啄木」について

「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」の作者は、石川啄木いしかわたくぼく。

石川啄木は、1886年に岩手県に生まれ、1912年に亡くなった歌人・詩人だよ。

本名は石川一(いしかわはじめ)。

若いころから文学に親しみ、詩や短歌、小説などを書いたんだ。

1910年に第一歌集『一握の砂』を出版したよ。

『一握の砂』には551首の短歌が収められ、短歌を3行に分けて書く三行書きが大きな特徴の一つなんだ。

日常生活や故郷、家族、自分自身の心などを題材にした歌も多く残しているよ。

「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」作者の心情

この歌では、のちの啄木が15歳だったころの自分を振り返っているよ。

城跡の草の上に寝転び、広い空を見上げる少年。

その心は、まるで空へ吸い込まれていくようだった。

「十五の心」が具体的にどんな感情だったのかは、歌の中では詳しく説明されていないよ。

だから、「15歳の啄木は必ずこう感じていた」と一つに決めつけることはできないんだ。

ただ、広い空に心が吸い込まれていくという表現から、

  • 若いころの夢や憧れ
  • 広い空に心を引かれるような少年期の感受性
  • 15歳の自分を振り返るなつかしさ

などを感じ取ることができるね。

また、盛岡市の資料では、啄木が中学生のころ、ときおり教室を抜け出して城跡へ行き、そこで「文学の夢」をふくらませていたことが紹介されているよ。

そうした作者の背景を知ると、「十五の心」に、文学への憧れや少年時代の夢を重ねて読むこともできるね。

ただし、短歌そのものに「文学への夢」と直接書かれているわけではないので、これは作者の背景をもとにした解釈として考えよう。

「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」語句

語句 意味
不来方 「こずかた」と読む。盛岡の古称。
不来方のお城 盛岡城を指す。歌の情景としては盛岡城跡。
お城の草 盛岡城跡に生えている草。
寝ころびて 寝転んで。
吸はれし 吸われた。「吸はれ」は現代仮名遣いで「吸われ」。「し」は過去を表す助動詞「き」の連体形。
十五の心 15歳のころの自分の心。

「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」定期テスト対策ポイントまとめ

「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」定期テスト対策ポイント

  • 作者は岩手県出身の歌人・詩人、石川啄木。
  • 「不来方」は「こずかた」と読み、盛岡の古称。
  • 「不来方のお城」は盛岡城を指し、歌の情景としては盛岡城跡。
  • この歌は第一歌集『一握の砂』に収められている。
  • 『一握の砂』では短歌を3行に分けて書く「三行書き」が特徴。
  • 三行書きは紙面上の配置、句切れは意味・文法上の切れ目なので、別のもの。
  • 「吸はれ」は現代仮名遣いで「吸われ」。
  • 「吸はれし」は「吸われた」という意味。
  • 「十五の心」は「15歳のころの自分の心」という意味。
  • 文法上・意味上、途中に大きな切れ目がないため「句切れなし」。
  • 「空に吸はれし」は、心が空に吸い込まれるように感じたことを表す比喩的な表現。
  • 最後を名詞「心」で終える「体言止め」が使われ、15歳のころの心を強く印象づけ、余韻を残している。
  • この歌は、のちの啄木が15歳のころの自分を振り返って詠んだ歌。
  • 「十五の心」から、若いころの夢や憧れ、少年期の感受性、15歳の自分へのなつかしさなどを読み取ることができる。

参考文献・参考資料

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青山学院大学教育学科卒業。TOEIC795点。2児の母。2019年の長女の高校受験時、訳あって塾には行かずに自宅学習のみで挑戦することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。志望校の特待生クラストップ10位内で合格を果たす。 ※サイト全体の運営実績についてはこちらにまとめています。「ゆみねこの教科書」は、ゆみねこの教科書教育メディア合同会社が運営しています。会社概要・事業内容については、コーポレートサイトをご覧ください。

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