星野道夫「アラスカとの出会い」をわかりやすく解説!人生を変えた写真
星野道夫「アラスカとの出会い」は、筆者が十代の頃に偶然見つけた一冊の写真集が、その後の人生を大きく動かしていくまでを振り返った文章だよ。
古本屋で見つけたアラスカの写真、見知らぬ村へ送った一通の手紙、そして長い年月を経て実現した写真家との出会い。この文章では、人生を動かす偶然と、人と人とが出会うことの不思議さが描かれているんだ。
この記事で分かること
- 「アラスカとの出会い」のあらすじ
- 写真集が星野道夫の人生に与えた影響
- シシュマレフ村へ手紙を送った理由
- ジョージ・モーブリィとの出会いで感じたこと
- 「合わせ鏡」「新しい地図」「人生のからくり」の意味
- 「根源的な悲しみ」と「かぎりない不思議さ」の関係
- この文章の主題
目次
- 1. 「アラスカとの出会い」の基本情報
- 2. 「アラスカとの出会い」のあらすじ
- 3. ジョージ・モーブリィという名前が記憶を呼び起こした理由
- 4. 写真集との出会い
- 5. イヌイットの村にひかれていった筆者
- 6. シシュマレフ村へ送った手紙
- 7. 写真の世界と現実が重なった瞬間
- 8. 写真家としてアラスカへ戻る
- 9. ジョージ・モーブリィとの出会い
- 10. 「合わせ鏡」と「新しい地図」の意味
- 11. 「人生はからくりに満ちている」の意味
- 12. 「根源的な悲しみ」と「かぎりない不思議さ」
- 13. 「アラスカとの出会い」の主題
- 14. 星野道夫のその後
- 15. 重要語句の意味
- 16. 新出漢字
- 17. テスト対策ポイントまとめ
1. 「アラスカとの出会い」の基本情報
| 作品名 | アラスカとの出会い(出典:「旅をする木」) |
|---|---|
| 筆者 | 星野道夫 |
| 文章の種類 | 随筆 |
| 主な舞台 | 東京・アラスカ |
| 中心となる出来事 | 一冊の写真集をきっかけに、筆者の人生がアラスカへと導かれていくこと |
| 主題 | 偶然の出会いが人生を動かす不思議さと、人と人とが出会うことの尊さ |
筆者の星野道夫は、アラスカの自然や動物、人々の暮らしを撮り続けた写真家だよ。
十代の頃に古本屋でアラスカの写真集を見つけたことが、星野さんの人生を大きく動かすきっかけになったんだ。
星野さんは、住所の分からないシシュマレフ村の村長宛てに手紙を送ったよ。その手紙をきっかけに、現地のウェイオワナ一家に迎え入れられ、ひと夏を村で過ごすことになったんだ。
たろう最初から写真家になるためにアラスカへ行ったの?
くまごろうそうではないんだ。最初は、写真の中の村に行ってみたいという純粋な憧れだったんだよ。その体験が、のちに写真家として生きることにつながったんだ。
2. 「アラスカとの出会い」のあらすじ

文章は、ブッシュ・パイロットのドン・ロスから電話が入る場面から始まるよ。
ドンは、雑誌社からカリブーの季節移動を撮りに来ているカメラマンが、筆者に会いたがっていると伝えるんだ。そのカメラマンの名前は、ジョージ・モーブリィだったよ。
ジョージ・モーブリィという名前を聞いた筆者は、十代の頃に神田の古本屋で見つけた一冊のアラスカの写真集を思い出すんだ。
写真集の中には、北極圏のシシュマレフ村を空から撮った写真があったよ。筆者はその荒涼とした土地に暮らす人々に強くひかれ、村長宛てに手紙を送るんだ。
半年後、村の家族から返事が届き、筆者はアラスカを訪れることになるよ。その旅をきっかけに、筆者はのちに写真家となり、アラスカで暮らし始めるんだ。
そして長い年月を経て、筆者は、人生の出発点となった写真を撮ったかもしれないジョージ・モーブリィ本人と会うことになるよ。
写真集との出会い、村への手紙、アラスカでの生活、ジョージとの出会い。筆者は、一見関係のない無数の偶然がつながって、自分の人生を形作ってきたことに気づくんだ。
あらすじを一言でいうと
一冊の写真集との偶然の出会いが筆者をアラスカへ導き、長い年月を経て、その写真を撮ったかもしれない人物との出会いにつながる文章だよ。
3. ジョージ・モーブリィという名前が記憶を呼び起こした理由
文章の冒頭で、筆者は、「ジョージ・モーブリィという名前が、突然、記憶の鐘を小さくたたき始めた」と表現しているよ。
「記憶の鐘をたたく」とは、忘れていた記憶が、ある言葉や出来事をきっかけに少しずつよみがえってくることのたとえなんだ。
筆者はジョージ・モーブリィという名前を聞いて、すぐにははっきり思い出せなかったよ。でも、その名前にはどこか聞き覚えがあったんだ。
そのため、ホテルへ向かう車の中で考えているうちに、十代の頃に見た写真集の撮影者の名前ではないかと思い当たったんだよ。
「記憶の鐘を小さくたたき始めた」の意味
ジョージ・モーブリィという名前をきっかけに、長い間、心の奥に沈んでいた写真集の記憶が、少しずつよみがえり始めたということだよ。
4. 写真集との出会い
十代の頃の筆者は、北海道の自然に強くひかれていたんだ。
筆者にとって北海道は、遠い北方への憧れを感じさせる土地だったよ。けれど、その頃の筆者は、その先にあるアラスカへどうすれば行けるのか、具体的な方法を知らなかったんだ。
そんなある日、東京・神田の古本屋街で、一冊のアラスカの写真集を見つけるよ。
その写真集は、たくさんの洋書が並ぶ棚の中で、「まるで僕がやって来るのを待っていたかのように」筆者の目の前にあったんだ。
もちろん、写真集が本当に筆者を待っていたわけではないよ。
これは、のちにその写真集が筆者の人生を大きく変えることになったため、振り返ってみると、まるで運命的に用意されていたように感じられたという表現なんだ。
「まるで僕がやって来るのを待っていたかのように」の意味
写真集がのちに自分の人生を変える重要な一冊となったため、偶然の出会いが、まるで初めから決められていた運命のように感じられたということだよ。
5. イヌイットの村にひかれていった筆者

筆者は写真集を開き、灰色のベーリング海、沈む太陽、どんよりとした空など、アラスカの写真を見ていくよ。
その中に、北極圏にあるイヌイットの村を空から撮った写真があったんだ。
写真に写っていたのは、荒涼とした土地に建つ家々だったよ。人影は見えないけれど、一軒一軒の家がはっきりと見えていたんだ。
筆者は、「いったいどんな人々が、何を考えて生きているのだろう」と思うよ。
初めは、ただ珍しい風景として気になったのかもしれないね。けれど写真を何度も見るうちに、筆者は、そこに暮らす人々の生活や人生そのものを知りたいと思うようになったんだ。
写真の中の村は、単なる遠い土地ではなく、自分が実際に行き、そこに暮らす人々と出会いたい場所へと変わっていったんだよ。
たろうきれいな自然の写真にひかれたというだけではないんだね。
くまごろうそうなんだ。筆者が本当に知りたかったのは、その厳しい自然の中で暮らす人々の人生だったんだよ。
6. シシュマレフ村へ送った手紙
写真のキャプションから、村の名前がシシュマレフ村であることは分かったよ。
でも、その村に住む人の名前や住所までは分からなかったんだ。
そこで筆者は、辞書を開きながら、拙い英語で手紙を書くよ。
手紙には、写真集で村を見たこと、村を訪ねてみたいこと、自分を世話してくれる人はいないかということを書いたんだ。
そして、宛名を「シシュマレフ村長様」という意味にして手紙を送ったよ。
宛名も住所も十分には分からない手紙だったため、筆者は、返事が来ないのが当然だと思っていたんだ。
ところが半年ほどたったある日、外国郵便が届くよ。それは、シシュマレフ村の家族からの返事だったんだ。
筆者は村へ迎えられ、現地のウェイオワナ一家とひと夏を過ごすことになるよ。
返事が届いたことには偶然の要素があるけれど、そもそも筆者が勇気を出して手紙を書かなければ、何も始まらなかったんだ。
7. 写真の世界と現実が重なった瞬間

約半年の準備を経て、筆者はアラスカへ向かうよ。
いくつもの小さな飛行機を乗り換え、シシュマレフ村の集落が見えてくると、筆者は窓ガラスに顔を押しつけるようにして見つめたんだ。
それは、かつて古本屋の写真集で見た風景が、目の前の現実とオーバーラップする瞬間だったよ。
筆者はこのとき、「胸が締めつけられるような思いが込み上げた」と述べているんだ。
これは、長い間憧れてきた場所が本当に目の前に現れた感動や、遠い写真の世界へ自分が実際に来たことへの驚きが一度に込み上げたからなんだ。
ただうれしいというだけではなく、写真を見つけたときから続いてきた思いや時間の重さも感じて、胸がいっぱいになったんだね。
「胸が締めつけられるような思いが込み上げた」理由
写真の中でしか知らなかった憧れの村が現実に目の前に現れ、長い間抱いてきた思い、感動、驚きが一度に込み上げたからだよ。
8. 写真家としてアラスカへ戻る
最初の旅から七年後、筆者は写真家としてアラスカへ戻るよ。
今度は短い旅ではなく、アラスカで暮らしながら、自然や動物、人々の生活を撮るためだったんだ。
筆者は、ブルックス山脈の未踏の山や谷を歩き、カリブーの季節移動を追い、氷河のきしむ音を聞くよ。
イヌイットの人々とウミアックやカヤックで旅をし、白夜の北極海や、数え切れないほどのオーロラを見上げたんだ。
いつの間にか十四年が過ぎ、筆者はアラスカに家を建て、この土地に根を下ろそうとしていたよ。
つまり、十代の頃に見た一冊の写真集が、筆者の仕事だけでなく、暮らす場所や生き方にまでつながっていったんだ。
9. ジョージ・モーブリィとの出会い
筆者は、自宅の本棚から、十代の頃に買った古い写真集を取り出すよ。
写真集は、何度も手に取ったため、手あかにまみれていたんだ。
そして、写真集に載っていたシシュマレフ村の写真を撮ったのが、ジョージ・モーブリィではないかと確かめようとするよ。
このとき筆者は、「どうしていいかわからない思い」を抱えていたんだ。
なぜなら、目の前のジョージが、本当に自分の人生の始まりとなった写真を撮った人かもしれないからだよ。
長い年月を経て、想像もしなかった形でその人物に会うことになり、驚き、期待、緊張、感謝などの気持ちが入り交じっていたんだ。
「まさかこんな形で会うことになろうとは」の心情
筆者は、写真集を買った十代の頃には、その写真を撮った人物と会えるとは考えていなかったよ。
まして、自分が写真家としてアラスカに暮らし、カリブーの取材に来たジョージから会いたいと言われるとは、想像もしていなかったんだ。
だから「まさかこんな形で会うことになろうとは」には、長い年月を経て、思いがけない形で人生の原点につながる人物に会えた驚きと感慨が込められているよ。
「僕はアラスカに来なかっただろうか。いや、そんなことはない」の意味
ジョージの写真は、筆者がアラスカへ行く大きなきっかけになったよ。
では、その写真がなかったら、筆者はアラスカに来なかったのだろうか。
筆者は、一度その可能性を考えるけれど、すぐに「いや、そんなことはない」と否定しているんだ。
筆者の中には、もともと北方への強い憧れがあったよ。そのため、あの写真集と出会わなかったとしても、いつか別のきっかけによってアラスカへ向かっただろうと考えているんだ。
つまり、ジョージの写真だけが筆者の人生を一方的に決めたのではないということだね。
けれど、その写真が、漠然とした憧れをシシュマレフ村という具体的な場所へ向け、筆者の行動を早めた大きなきっかけであったことに変わりはないんだ。
写真集が果たした役割
写真集だけが筆者の人生を決めたわけではないが、もともと筆者の中にあった北方への憧れに、具体的な方向を与えた大きなきっかけだったんだ。
ジョージが「で、後悔しているかい」と尋ねた理由
筆者の話を聞いたジョージは、「で、後悔しているかい」と尋ねるよ。
この問いには、自分の写真が筆者をアラスカへ導き、その後の人生を大きく変えたことへの、少し照れたような気持ちが込められていると考えられるんだ。
ジョージは、本気で筆者が後悔していると思っていたわけではないよ。
筆者がアラスカで写真家として生き、自分の人生に満足していることを感じ取っていたからこそ、親しみとユーモアを込めて尋ねたんだ。
ジョージの「目の奥が優しく笑っていた」という表現からは、筆者との不思議なつながりをうれしく思う気持ちや、筆者の人生を温かく受け止める心情が伝わってくるよ。
たろうジョージは、自分の写真が星野さんの人生を変えたことをどう思ったのかな?
くまごろう驚きながらも、うれしく、誇らしく感じたのではないかな。「後悔しているかい」という言葉には、二人の不思議な縁を喜ぶ優しさが表れているんだ。
10. 「合わせ鏡」と「新しい地図」の意味

「合わせ鏡に映った自分の姿を見るように」とは
「合わせ鏡」とは、二枚の鏡を向かい合わせることで、同じ像が奥へ奥へと無数に続いて見える状態のことだよ。
筆者は、自分の人生を振り返ったとき、一つの出来事の奥に、さらに別の出来事があり、そのまた奥にも別の偶然があることに気づいたんだ。
写真集との出会い、シシュマレフ村への手紙、村からの返事、アラスカへの旅、写真家としての生活、ジョージとの出会いが、合わせ鏡の像のように次々とつながっているんだね。
そして筆者は、そのつながりを見つめることで、現在の自分がどのように形作られてきたのかを見つめ直しているんだ。
「まるで新しい地図が描かれるように、自分の人生が動いていった」とは
地図は、場所と場所のつながりや、進む方向を示すものだよ。
筆者は写真集と出会うまでは、自分が将来どこで、どのように生きるのかをはっきりとは知らなかったんだ。
けれど、シシュマレフ村へ手紙を書き、アラスカを訪れ、写真家となることで、それまでなかった人生の道筋が次々と生まれていったよ。
つまりこの表現は、新しい出会いや体験によって、それまで想像していなかった人生の進路が形作られていったということを表しているんだ。
二つの比喩表現
- 合わせ鏡:一つの偶然の奥に、別の偶然が次々と続いていること。
- 新しい地図:出会いや体験によって、それまでなかった人生の道筋が生まれていくこと。
11. 「人生はからくりに満ちている」の意味

文章の終わりで、筆者は「人生はからくりに満ちている」と述べているよ。
ここでの「からくり」は、機械の仕組みという意味だけではないんだ。
一つの偶然が別の出来事につながり、さらに新しい出会いや人生の変化を生み出していく、複雑で不思議な仕組みを表しているよ。
- 古本屋で偶然アラスカの写真集を見つける。
- シシュマレフ村の写真に心をひかれる。
- 村長宛てに手紙を書く。
- 村の家族から返事が届く。
- アラスカを訪れ、現地の人々と暮らす。
- 写真家としてアラスカへ戻る。
- 長い年月を経て、ジョージ・モーブリィと出会う。
一つ一つの出来事は、最初から計画されていたわけではないよ。
でも振り返ってみると、無数の偶然が複雑につながって、現在の筆者の人生を形作っているんだ。
ただし、筆者の人生を動かしたのは偶然だけではないよ。
写真に心を動かされ、自分から手紙を書き、実際に旅へ出た筆者の行動があったからこそ、偶然が次の出会いにつながったんだ。
12. 「根源的な悲しみ」と「かぎりない不思議さ」

文章の最後で筆者は、私たちは日々、無数の人々と擦れ違いながら、その多くとは出会うことがないと考えているよ。
同じ時代に生きていても、ほとんどの人とは言葉を交わすことも、お互いを知ることもないんだ。
筆者は、それを「根源的な悲しみ」と表しているよ。
「根源的」とは、物事の最も根本に関わるという意味なんだ。
人間は、同じ世界に生きていながら、多くの人と出会えないまま人生を終えてしまう。このことには、人間の存在そのものに関わる深い悲しみがあるということだね。
でも、その悲しみがあるからこそ、実際に誰かと出会うことが、どれほど不思議で貴重なことかが分かるんだ。
星野道夫とジョージ・モーブリィの出会いも、無数の偶然が重なった結果だったよ。
根源的な悲しみとかぎりない不思議さ
ほとんどの人とは出会わずに終わるという悲しみがあるからこそ、実際に人と人とが出会うことは、限りなく不思議で貴重なことだと感じられるんだ。
13. 「アラスカとの出会い」の主題
「アラスカとの出会い」の主題は、単に「アラスカはすばらしい場所だ」ということではないんだ。
筆者は、一冊の写真集との偶然の出会いから始まり、シシュマレフ村の人々やジョージ・モーブリィと出会うまでを振り返っているよ。
そこから筆者は、人生が無数の偶然と、自分自身の行動によって形作られていくことに気づくんだ。
そして、ほとんどの人とは出会わないまま終わる世界の中で、実際に誰かと出会うことには、かぎりない不思議さがあると考えているよ。
「アラスカとの出会い」の主題
無数の偶然と自らの行動が人生を動かし、人と人との出会いを生み出すことの不思議さと尊さを描いているんだ。
14. 星野道夫のその後
「アラスカとの出会い」のあとも、星野道夫はアラスカを拠点に、極北の自然や野生動物、人々の暮らしを撮り続けたよ。
そして1996年、ロシアのカムチャツカ半島で取材をしていたとき、ヒグマに襲われて亡くなったんだ。
星野さんは、自然を遠くから眺めるだけではなく、その土地に身を置き、動物や人々の暮らしと向き合いながら写真を撮っていたよ。
そのため、自然の中で命を落としたという事実には、深い悲しみを感じるよね。
ただし、「自然を愛したからクマに襲われた」という単純な受け止め方をするのは適切ではないよ。
星野さんが残した写真や文章は、自然の美しさだけでなく、自然が人間の思いどおりにはならない厳しい世界であることも伝えているんだ。
古本屋で偶然手にした一冊の写真集から始まった旅は、星野さんの生涯を通じて続き、その写真や文章は、星野さんの死後も多くの人に新しい出会いを与え続けているんだよ。
15. 重要語句の意味
「アラスカとの出会い」に出てくる重要語句を、本文に出てくる順に確認しよう。
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| ブッシュ・パイロット | 道路の少ない原野や山間部などで、小型飛行機を操縦して人や物を運ぶパイロット。 |
| カリブー | 北極圏周辺に生息するシカ科の動物。大きな群れで長い距離を季節移動する。 |
| 季節移動 | 動物が季節に応じて、えさや繁殖場所を求めて生活する場所を移すこと。 |
| 権威 | その分野で高く評価され、信頼されていること。また、そのような人や組織。 |
| ダウンタウン | 町の中心部にある、商店や建物が集まった地域。 |
| 募る | 気持ちなどが、ますます強くなること。 |
| 皆無 | 全くないこと。一つもないこと。 |
| 手あかにまみれる | 何度も手に取られ、手の汚れが付くこと。ここでは、写真集を何度も見たことを表している。 |
| 気が済む | したいことをして、気持ちが満足すること。 |
| どんより | 空などが曇って暗く、重苦しく見える様子。 |
| 荒涼 | 荒れ果てて、寂しい様子。 |
| 団欒 | 家族などが集まり、楽しく過ごすこと。 |
| キャプション | 写真や図に添えられた短い説明文。 |
| 拙い | 上手ではないこと。未熟であること。 |
| たとえ…しても | 仮にそのようなことが起こっても、という意味を表す言い方。 |
| オーバーラップ | 二つ以上のものが重なり合うこと。 |
| 沈殿 | 本来は液体の中の物質が底に沈むこと。ここでは、経験や記憶が心の奥深くに残ること。 |
| 白夜 | 高緯度の地域で、夏に太陽が沈まない、または夜になっても明るい現象。 |
| カヤック | イヌイットなどが使ってきた、細長く小型の舟。 |
| ウミアック | イヌイットが人や荷物を運ぶために使ってきた、カヤックより大きな舟。 |
| オーロラ | 高緯度の夜空に現れる、光の帯や幕のような自然現象。 |
| 矢のように | 非常に速く進む様子。 |
| 未踏 | まだ誰も足を踏み入れていないこと。 |
| きしむ | 物がこすれたり曲がったりして、きいきいと音を立てること。 |
| 人手 | 仕事をする人。また、人の働く力。 |
| 多様性 | さまざまな種類や違いがあること。 |
| 根を下ろす | ある土地に住みつき、生活の基盤を作ること。 |
| 合わせ鏡 | 二枚の鏡を向かい合わせ、同じ像が奥へ無数に続いて見える状態。 |
| 偶然 | 予想していなかったことが、思いがけず起こること。 |
| いきさつ | 物事が現在の状態になるまでの事情や経過。 |
| 耳を傾ける | 相手の話を注意深く聞くこと。 |
| きっかけ | 物事が始まる原因や手がかり。 |
| 後悔 | 自分のしたことを、あとになって残念に思うこと。 |
| からくり | 物事を動かしている複雑な仕組み。ここでは、偶然がつながって人生を形作る不思議な仕組み。 |
| 擦れ違う | 互いに近くを通りながら、関わりを持たずに過ぎること。 |
| 根源 | 物事が生まれる大もと。根本となるところ。 |
| 根源的 | 物事の最も根本に関わる様子。 |
16. 新出漢字
「アラスカとの出会い」の新出漢字を、本文に出てくる言葉といっしょに確認しよう。
| 新出漢字 | 読み方の例 | 本文に関係する言葉・覚え方 |
|---|---|---|
| 悔 | くやむ/かい | 後悔。自分のしたことを、あとになって残念に思うことだよ。 |
17. テスト対策ポイントまとめ
最後に、「アラスカとの出会い」のテストで問われやすいポイントをまとめるよ。
テスト対策ポイント
- 筆者は写真家の星野道夫である。
- ジョージ・モーブリィの名前を聞き、心の奥に沈んでいた写真集の記憶がよみがえった。
- 「記憶の鐘を小さくたたき始めた」は、忘れていた記憶が少しずつよみがえることのたとえである。
- 筆者は十代の頃、北海道や北方の自然への憧れを募らせていた。
- 東京・神田の古本屋で、偶然アラスカの写真集を見つけた。
- 「待っていたかのように」は、写真集との出会いが、のちに振り返ると運命的に感じられたことを表す。
- 筆者は、荒涼とした土地に暮らすイヌイットの人々の生活や人生を知りたいと思った。
- シシュマレフ村の村長宛てに、拙い英語で手紙を書いた。
- 村から返事が届き、筆者は現地の家族に迎えられた。
- 写真の村と現実の村が重なった感動から、「胸が締めつけられるような思い」が込み上げた。
- 筆者は写真家としてアラスカへ戻り、自然や動物、人々の暮らしを撮った。
- ジョージと会う場面では、驚き、期待、感謝、緊張が入り交じり、「どうしていいかわからない思い」を抱いた。
- 写真集がなくてもアラスカへ行っただろうが、写真集は人生を動かす大きなきっかけだった。
- 「合わせ鏡」は、一つの偶然の奥に、別の偶然が無数に続いていることを表す。
- 「新しい地図」は、出会いや体験によって新しい人生の道筋が生まれたことを表す。
- ジョージの「後悔しているかい」という言葉には、親しみ、ユーモア、筆者への温かな理解が込められている。
- 「人生はからくりに満ちている」とは、無数の偶然が複雑につながって人生を形作ることを表す。
- 偶然だけでなく、手紙を書いて行動した筆者自身の意志も重要である。
- ほとんどの人とは出会わずに終わることが「根源的な悲しみ」である。
- その悲しみがあるからこそ、人と人とが実際に出会うことの「かぎりない不思議さ」が際立つ。
- 主題は、偶然と自らの行動が人生を動かし、人と人との出会いを生み出す不思議さと尊さである。
テスト対策問題にも挑戦して、内容理解を深めよう!
星野道夫「アラスカとの出会い」テスト対策練習問題と過去問まとめ
ドリルにも挑戦して、漢字・語句・内容・主題を確認しよう!
【中学国語】星野道夫「アラスカとの出会い」漢字ドリル
【中学国語】星野道夫「アラスカとの出会い」語句ドリル
【中学国語】星野道夫「アラスカとの出会い」内容理解ドリル
【中学国語】星野道夫「アラスカとの出会い」主題・表現効果ドリル
運営者情報
yumineko
詳しいプロフィールを見る
青山学院大学教育学科卒業。TOEIC795点。2児の母。2019年の長女の高校受験時、訳あって塾には行かずに自宅学習のみで挑戦することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。志望校の特待生クラストップ10位内で合格を果たす。 ※サイト全体の運営実績についてはこちらにまとめています。


とても感動的なお話ですね。
実話だとわかります。星野さんの人生が
後悔のない人生だったと伝わります。
興味が湧いたら、まず行動する。結果として後悔しない生き方になるのだと思います。
それにしても、解説がいかにもテストで問われそうなところをしっかり押さえていましたね(笑)
これを読むだけで、テストの点数は上がると思います。日本語の奥深さは世界遺産になるかもしれませんね~。
ゆみねこの教科書を使う全ての学生さんたちに
明るい未来が訪れることを願っています。