「夏の葬列(山川方夫)」テスト対策練習問題と過去問まとめ➁
中学校2年生の国語で学習する「夏の葬列」について、定期テストでよく出題される問題や過去問をまとめているよ。
登場人物の心情や状況の理解、作者の伝えたいことなど、重要なポイントを確認しよう!
「夏の葬列」テスト対策練習問題➁
※漢字かひらがなかの表記の違いなどによって、字数が変わる場合もあるので、その場合は通っている学校の教科書の表記に合わせてね。
「夏の葬列」の次の部分を読んで問いに答えなさい。
「いやだったら! ヒロ子さんとなんて、いっしょに行くのいやだよ!」夢中で、彼は全身の力でヒロ子さんを突きとばした。「……むこうへ行け!」
悲鳴を、彼は聞かなかった。そのとき強烈な衝撃と轟音が地べたをたたきつけて、芋の葉が空に舞いあがった。あたりに砂埃のような幕が立って、彼は彼の手で仰向けに突きとばされたヒロ子さんがまるでゴムマリのようにはずんで空中に浮くのを見た。
葬列は、芋畑のあいだを縫って進んでいた。➀それはあまりにも記憶の中のあの日の光景に似ていた。これは、ただの偶然なのだろうか。
真夏の太陽がじかに首すじに照りつけ、眩暈に似たものをおぼえながら、彼は、ふと、自分には夏以外の季節がなかったような気がしていた。……それも、助けにきてくれた少女を、わざわざ銃撃のしたに突きとばしたあの夏、殺人をおかした、戦時中の、➁あのただ一つの夏の季節だけが、いまだに自分をとりまきつづけているような気がしていた。
彼女は重傷だった。下半身を真赤に染めたヒロ子さんはもはや意識がなく、男たちが即席の担架で彼女の家へはこんだ。そして、彼は彼女のその後を聞かずにこの町を去った。あの翌日、戦争は終ったのだ。
芋の葉を、白く裏返して風が渡って行く。葬列は彼のほうに向かってきた。中央に、写真の置かれている粗末な柩がある。写真の顔は女だ。それもまだ若い女のように見える。……③不意に、ある予感が彼をとらえた。彼は歩きはじめた。
彼は、片足を畦道の土にのせて立ちどまった。あまり人数の多くはない葬式の人の列が、ゆっくりとその彼のまえを過ぎる。彼はすこし頭を下げ、しかし目は熱心に柩の上の写真をみつめていた。もし、あのとき死んでいなかったら、彼女はたしか二十八か、九だ。
突然、彼は④奇妙な歓びで胸がしぼられるような気がした。その写真には、ありありと昔の彼女の面かげが残っている。それは、三十歳近くなったヒロ子さんの写真だった。
まちがいはなかった。彼は、自分が叫びださなかったのが、むしろ不思議なくらいだった。
――おれは、人殺しではなかったのだ。
彼は、胸に湧きあがるものを、けんめいに冷静におさえつけながら思った。たとえなんで死んだにせよ、とにかくこの十数年間を生きつづけたのなら、もはや彼女の死はおれの責任とはいえない。すくなくとも、おれに⑤直接の責任がないのはたしかなのだ。
「……この人、ビッコだった?」
彼は、群れながら列のあとにつづく子供たちの一人にたずねた。あのとき、彼女は太腿をやられたのだ、と思いかえしながら。
「ううん。ビッコなんかじゃない。からだはぜんぜん丈夫だったよ」
一人が、首をふって答えた。
では、癒ったのだ! おれはまったくの無罪なのだ!
彼は、長い呼吸を吐いた。苦笑が頬にのぼってきた。⑥おれの殺人は、幻影にすぎなかった。あれからの年月、重くるしくおれをとりまきつづけていた一つの夏の記憶、それはおれの妄想、おれの悪夢でしかなかったのだ。
葬列は確実に一人の人間の死を意味していた。それをまえに、いささか彼は不謹慎だったかもしれない。しかし十数年間もの悪夢から解き放たれ、彼は、青空のような一つの幸福に化してしまっていた。……もしかしたら、その有頂天さが、彼にそんな⑦よけいな質問を口に出させたのかもしれない。
「なんの病気で死んだの? この人」
うきうきした、むしろ軽薄な口調で彼はたずねた。
「この小母さんねえ、気違いだったんだよ」
ませた目をした男の子が答えた。
「一昨日ねえ、川にとびこんで自殺しちゃったのさ」
「へえ。失恋でもしたの?」
「バカだなあ小父さん」運動靴の子供たちは、口々にさもおかしそうに笑った。「だってさ、この小母さん、もうお婆さんだったんだよ」
「お婆さん? どうして。あの写真だったら、せいぜい三十くらいじゃないか」
「ああ、あの写真か。……あれねえ、うんと昔のしかなかったんだってよ」
洟をたらした子があとをいった。
「だってさ、あの小母さん、なにしろ戦争でね、一人きりの女の子がこの畑で機銃で撃たれて死んじゃってね、それからずっと気が違っちゃってたんだもんさ」
葬列は、松の木の立つ丘へとのぼりはじめていた。遠くなったその葬列との距離を縮めようというのか、子供たちは芋畑の中におどりこむと、歓声をあげながら駈けはじめた。
立ちどまったまま、彼は写真をのせた柩がかるく左右に揺れ、彼女の母の葬列が丘を上って行くのを見ていた。一つの夏といっしょに、⑧その柩の抱きしめている沈黙。彼は、いまはその二つになった沈黙、二つの死が、もはや自分のなかで永遠につづくだろうこと、永遠につづくほかはないことがわかっていた。彼は、葬列のあとは追わなかった。追う必要がなかった。この⑨二つの死は、結局、おれのなかに埋葬されるほかはないのだ。
――でも、なんという皮肉だろう、と彼は口の中でいった。あれから、おれは⑩この傷にさわりたくない一心で海岸のこの町を避けつづけてきたというのに。そうして今日、せっかく十数年後のこの町、現在のあの芋畑をながめて、はっきりと敗戦の夏のあの記憶を自分の現在から追放し、過去の中に封印してしまって、自分の身をかるくするためにだけおれはこの町に下りてみたというのに。……まったく、⑪なんという偶然の皮肉だろう。
やがて、彼はゆっくりと駅の方角に足を向けた。風がさわぎ、芋の葉の匂いがする。よく晴れた空が青く、太陽はあいかわらず眩しかった。海の音が耳にもどってくる。汽車が、単調な車輪の響きを立て、線路を走って行く。彼は、ふと、いまとはちがう時間、たぶん未来のなかの別な夏に、自分はまた今とおなじ風景をながめ、今とおなじ音を聞くのだろうという気がした。そして時をへだて、おれはきっと自分の中の夏のいくつかの瞬間を、一つの痛みとしてよみがえらすのだろう……。
思いながら、彼はアーケードの下の道を歩いていた。もはや逃げ場所はないのだという意識が、⑫彼の足どりをひどく確実なものにしていた。
問1
ヒロ子さんが銃撃にあったことがわかる部分を、本文より抜き出して26字で答えなさい。
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ヒロ子さんがまるでゴムマリのようにはずんで空中に浮く
問2
下線➀「それはあまりにも記憶の中のあの日の光景に似ていた」とあるが、「あの日の光景」の内容としてふさわしい一文を本文から抜き出し、はじめの5字を答えなさい。
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濃緑の葉を
【解説】抜き出す一文は「濃緑の葉を重ねた一面のひろい芋畑の向うに、一列になった小さな人かげが動いていた。」。
問3
下線➁「あのただ一つの夏の季節だけが、いまだに自分をとりまきつづけているような気がしていた」とあるが、その理由としていちばん正しいものを次の中から選びなさい。
ア:罪悪感
イ:恐怖感
ウ:孤独感
エ:喪失感
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ア
【解説】主人公は、自分を助けに来てくれたヒロ子さんを銃撃のもとに突き飛ばしてしまったことを悔やみ続けている。
問4
下線③「不意に、ある予感が彼をとらえた」とあるが、どのような予感か。簡単に説明しなさい。
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(例)写真の女がヒロ子さんではないかという予感
問5
主人公が、この葬列がヒロ子さんのものかどうかを確かめようとしている様子を本文から抜き出し、18字で答えなさい。
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目は熱心に柩の上の写真をみつめていた
【解説】主人公は柩の上の写真がヒロ子さんのものかどうかを確かめようとしていたのである。
問6
下線④「奇妙な歓び」とあるが、このとき主人公はどのようなことに歓びを感じたのか、最も正しいものを次の中から選びなさい。
ア:柩の写真がヒロ子さんのものだと確認できたこと
イ:ヒロ子さんが三十歳近くまで生きていたこと
ウ:ヒロ子さんの写真に、昔の面かげが残っていたこと
エ:自分が人殺しではなかったこと
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エ
問7
下線⑤「直接の責任がない」ことを表す言葉を、本文より3字以内で抜き出して答えなさい。
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無罪
問8
下線⑥「おれの殺人は、幻影にすぎなかった」とあるが、ここでの「幻影」と同じ意味として使われている語句を二つ、それぞれ2字で答えなさい。
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・妄想
・悪夢
※順不同
問9
下線⑦「よけいな質問」とあるが、その内容として正しいものを次の中から選びなさい。
ア:なんの病気で亡くなったのか
イ:失恋をしたのか
ウ:なぜお婆さんと呼ばれるのか
エ:写真の女性の年齢
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ア
【解説】主人公が、柩はヒロ子さんの母親のものであることを知ることになったきっかけは、「なんの病気で死んだの? この人」という質問である。
問10
下線⑧「その柩の抱きしめている沈黙」とあるが、ここでの「沈黙」が意味する語句を本文から抜き出して3字以内で答えなさい。
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死
問11
下線⑨「二つの死」とあるが、「二つ」が指すものは、「ヒロ子さん」ともうひとつは何か。本文から抜き出して4字で答えなさい。
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彼女の母
問12
下線⑩「この傷にさわりたくない一心」とあるが、「この傷」を別の言い方で表現しているものを本文から抜き出して9字で答えなさい。
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敗戦の夏のあの記憶
問13
下線⑪「なんという偶然の皮肉だろう」とあるが、「偶然の皮肉」の内容として最も正しいものを次の中から選びなさい。
ア:目の前にある葬列が、あの夏の日に見た光景とあまりに似ていたこと
イ:柩の上の写真の女性に、ヒロ子さんの面かげが残っていたこと
ウ:罪を軽くするために訪れたのに、結果的に二つの死を背負うことになったこと
エ:ヒロ子さんの母親が亡くなったこと
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ウ
問14
主人公が思考の世界から現実の世界へと戻ったことを表す部分を、本文から抜き出して12字で答えなさい。
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海の音が耳にもどってくる
問15
下線⑫「彼の足どりをひどく確実なものにしていた」とあるが、このことからわかる主人公の心情を次の中から選びなさい。
ア:二人の死の責任を背負うことに対する覚悟
イ:偶然の皮肉をうらめしく思う気持ち
ウ:もはや逃げ場所はないことに対する絶望
エ:過去を封印し、身が軽くなった開放感
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ア
問16
この作品のはじめから終わりまでの主人公の心の動きを表したものとして、正しいものを次の中から選びなさい。
ア:期待→覚悟→後悔→歓喜→認識
イ:後悔→期待→歓喜→認識→覚悟
ウ:覚悟→後悔→期待→認識→歓喜
エ:覚悟→期待→歓喜→認識→後悔
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イ
【解説】ヒロ子さんを突き飛ばしたという後悔を抱いていた主人公は、葬列を見かけて、ヒロ子さんの死の責任が自分にないことを期待し、一度は歓喜するものの、ヒロ子さんと彼女の母の死の原因が自分であることを認識し、一生背負っていくと覚悟をした。
問17
この作品において作者が伝えたいこととしてもっともふさわしいものを次の中から選びなさい。
ア:人間の身勝手さ
イ:人間の弱さ
ウ:戦争の罪深さ
エ:命の大切さ
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ウ
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ゆみねこ
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青山学院大学教育学科卒業。TOEIC795点。2児の母。2019年の長女の高校受験時、訳あって塾には行かずに自宅学習のみで挑戦することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。志望校の特待生クラストップ10位内で合格を果たす。