【高校現代文】「水の東西」あらすじ・要約と筆者の主張をわかりやすく解説

高校現代文で学習する山崎正和(やまざき まさかず)「水の東西」について、あらすじと要約、文章の構成、重要表現、筆者の主張をわかりやすく解説するよ。
「鹿おどし」と「噴水」を比べながら、「時間的な水」と「空間的な水」、「見えない水」と「目に見える水」の意味を考えていこう。

「水の東西」あらすじと要約

筆者・山崎正和さんについて

「水の東西」の筆者は、評論家・劇作家の山崎正和(やまざき まさかず)さん。
この文章では、日本の庭にある「鹿おどし」と、西洋の広場や庭園で見られる「噴水」を手がかりに、日本人と西洋人の水の感じ方や美意識の違いを考えているんだ。

「水の東西」あらすじ

筆者は、日本の庭にある「鹿おどし」の動きや音から、水とともに流れる時間を感じ取る。「鹿おどし」は、竹に水がたまって傾き、元に戻る動作を繰り返す仕掛けだ。一定の間隔で響く音は、庭の静けさと時間の長さをいっそう際立たせる。

一方、筆者がニューヨークの銀行やヨーロッパの庭園で目にした「噴水」は、水を勢いよく噴き上げ、壮大な形を作っていた。そこから筆者は、日本の「時間的な水」と西洋の「空間的な水」という違いに気づく。

日本人が伝統的に噴水をあまり作らなかった理由には、気候や技術だけでなく、水は自然に流れる姿が美しいとする感性があるのではないか。筆者は、形のないものを積極的に受け入れる日本人の美意識を考察し、音の間から水の流れを感じ取れる「鹿おどし」を、水の鑑賞の極致として捉えている。

ざっくり言うと……

噴水を見ると、水が高く上がっていて、見た目に迫力があるよね。
でも、日本庭園の「鹿おどし」はどうかな? 水が勢いよく飛び出すわけではなく、竹が「こおん」と音を立てて、また静かになるだけ。

ところが筆者は、その静かな音と音の間にこそ、水が流れ続けることや時間の長さを感じられると考えるんだ。

つまり、「水を目に見える形にする美しさ」と「目にはっきり見えない流れを心で感じる美しさ」を比べることで、日本と西洋のものの見方を考える文章なんだよ。

たろう
水の美しさって、噴水みたいに「見て楽しむ」だけじゃないんだね。「音を聞いて感じる」という楽しみ方もあるのか!

テスト対策に使える要約

筆者は、「鹿おどし」と西洋の噴水を対比し、日本人は水の流れを時間として感じ、西洋人は水を空間的な形として捉えてきたと考える。日本人は形のないものを恐れず、自然に流れる水の姿を好んできた。その美意識の極致として、目に見える水ではなく、断続する音から流れを感じさせる「鹿おどし」を挙げている。

「水の東西」の文章構成

この文章は、具体例の比較から、日本と西洋の美意識の違いを考え、最後に「鹿おどし」へ戻る構成になっているよ。大きく四つに分けて整理してみよう。
※以下は学習しやすいようにまとめた内容上の区分で、教科書の正式な段落番号ではないよ。

構成主な内容文章の役割
① 鹿おどしの観察竹の動きと、間をおいて響く音から時間の流れを感じる日本の水の鑑賞方法を示す
② 噴水との対比ニューヨークの銀行や西洋の庭園の噴水を紹介する「流れる水」と「噴き上げる水」を比較する
③ 違いの理由を考察気候や水道技術だけではなく、形のないものを好む感性に注目する日本人の水に対する美意識を説明する
④ 鹿おどしに戻る結論音と音の間に水の流れを感じることを考える鹿おどしが水の鑑賞の極致であると結ぶ

最初と最後に同じ「鹿おどし」が登場するのもポイント。初めは不思議な印象を持つ仕掛けとして描かれ、最後には、日本人の水の感じ方を象徴するものとして意味づけられるんだ。

「水の東西」内容と重要ポイント

「鹿おどし」は、どんな仕組みで動くのか

まず「鹿おどし(ししおどし)」の動きを確認しよう。竹の一端に水受けがあり、筧(かけい)から少しずつ流れてくる水がたまる。

水がいっぱいになると竹が傾き、中の水がこぼれる。軽くなった竹が跳ね上がり、反対側が石をたたいて、「こおん」という、くぐもった優しい音を立てるんだ。

水がたまる → 竹が傾く → 水がこぼれる → 元に戻って音が響く。この動きが何度も繰り返されるんだよ。

筆者は、この仕組みを「緊張が高まる」→「一気にとける」という流れで表現している。
水がたまるにつれて竹が動きそうな気配が強くなり、傾いて水をこぼした瞬間に、その緊張が解ける、ということだね。

鹿おどしの竹に水がたまり、水の重みで傾いて水をこぼし、元に戻って石をたたくという動作を4段階で示した図解。緊張と解放が繰り返される仕組みを説明する。

なぜ「人生のけだるさ」や「徒労」を感じるのか

筆者は、「鹿おどし」のかわいらしい動きに、なぜか「人生のけだるさ」のようなものを感じることがあると言っているね。

それは、少しずつ緊張が高まり、やっと竹が傾いても、また何事もなかったように最初から同じ動きが始まるから。一生懸命動いても何かが大きく変わるわけではなく、同じことを繰り返す様子が、むなしくも見えるんだ。

ここでの「徒労(とろう)」は、「努力したのに、実りがないこと」という意味。
ただし、筆者が「鹿おどしは役に立たない仕掛けだ」と言っているわけではないよ。繰り返す動きから感じられる、もの悲しさや静かな時間の感覚を表現しているんだね。

「せき止め、刻む」ことで、なぜ流れが強調されるのか

「鹿おどし」は、水の流れをいったん竹の中に受け止め、一定の間隔で音を鳴らすよね。
つまり、水をただ流し続けるのではなく、水の流れに区切りをつけているんだ。

たとえば、静かな部屋で時計の音が「カチ、カチ」と聞こえると、音が鳴っていない間も時間が過ぎていることを感じるよね。
それと似ていて、「鹿おどし」の音が一度鳴って、次の音が鳴るまでの静けさが、音のない間にも流れ続けている水や時間を意識させるんだ。

ここは、「流れをせき止めているのに、かえって流れを感じさせる」という、一見すると反対のことが同時に成り立っている部分。区切るからこそ、区切られていない時間の長さが伝わることを理解しよう。

くまごろう
「こおん」という音が鳴っていない時間も、次の音に向かって水が少しずつたまっているんだね。だから、静けさの中でも「流れ」を感じられるんだ!

鹿おどしが「こおん」と断続的に音を鳴らす一方、音のない間にも水と時間は流れ続けていることを、時間軸と連続した水流で示す図解。

ニューヨークの銀行では、鹿おどしより噴水が目を引いた

筆者は、ニューヨークの大きな銀行の待合室で「鹿おどし」を見たことがあるんだって。
日本の文化を紹介する中で、あの素朴な竹の響きが取り入れられたのかもしれない、と筆者は考える。

でも、その銀行では、人々がとても忙しそうで、音と音の長い間隔を静かに味わう余裕がなさそうだったんだ。
それに対して、窓の外にある華やかな噴水は、見るだけでもすぐに水の動きや美しさが伝わり、人々をくつろがせていた。

ここでいう「一つの音と次の音との長い間隔」は、鹿おどしが「こおん」と音を立ててから、次の音が鳴るまでの時間のこと。竹が元に戻った後、水受けに水がゆっくりたまっていく、静かな時間だよ。
この音のない「間」まで味わうことが、鹿おどしの楽しみ方には欠かせないんだね。

ここで筆者は、「流れる水」と「噴き上げる水」という二つを並べるよ。
日本の「鹿おどし」は、音と音の間に続く流れを感じさせる。一方、西洋の噴水は、目の前で水を高く噴き上げ、目に見える美しさを表現するんだね。

西洋の噴水は、なぜ「空間的な水」なのか

ヨーロッパやアメリカでは、町の広場や庭園に立派な噴水がたくさんあった、と筆者は述べているよ。
ローマ郊外にあるエステ家の別荘では、何百もの噴水が集まっていて、木や草花が目立たなくなるほど壮大だったというんだ。

筆者は、その噴水を「音をたてて空間に静止している」ように感じた。
あれ? 噴水の水は勢いよく動いているのに、どうして「静止している」と表現するんだろう?

これは、一つ一つの水滴は動いていても、噴水が作る全体の形は、空間の中に保たれているように見えるからだよ。
水の動きによって、まるで彫刻のような形が空間にできあがっている。だから筆者は「揺れ動くバロック彫刻」にもたとえているんだ。

噴水の一つ一つの水滴は動き続けているが、噴水全体は一定の形を保つため、筆者が「空間に静止している」と表現したことを示す比較図解。

例えば、噴水の水が高く柱のように上がったり、弧を描いて広がったりする姿を思い浮かべてみよう。水は流れ続けているのに、全体としては一つの形が見えるよね。これが、筆者のいう「水の造型」なんだ。

「鹿おどし」が音の間隔から時間の流れを感じさせるのに対し、噴水は水が作る空間の形を見せる。ここで、文章の中心となる「時間的な水と、空間的な水」という対比が生まれるんだね。

日本人が伝統的に噴水をあまり作らなかったのはなぜ?

筆者によると、日本人はせせらぎや滝、池などを作って水を見ることは好んでいたのに、伝統的には噴水をあまり作ってこなかったんだ。

では、なぜだろう? 筆者は、次のような理由も考えられると述べているよ。

考えられる理由どんなこと?
西洋の乾いた空気噴き上げる水を、人々が求めた可能性がある
ローマ以来の水道技術水を勢いよく噴き上げる技術が発達しやすかった可能性がある

でも、筆者はそれだけでは説明しきれないと考えるんだ。なぜなら、日本人にも人工の滝を作る技術はあったからだよ。

そこで筆者は、気候や技術のような「外面的な事情」よりも、日本人が水をどのような姿で美しいと感じてきたかという美意識の違いに注目するんだ。

日本人にとって、水は自然に流れる姿が美しいものだった。噴水のように水を押し上げ、形を作り込むよりも、形を決めずに流れる水のあり方を好んだのではないか、というのが筆者の考えなんだね。

西洋で噴水が発達した理由として挙げられる乾燥した気候と水道技術に対し、筆者が日本人の自然に流れる水を美しいと感じる美意識を重視していることを示す図解。

「形なきものを恐れない心」とは?

水は、コップに入ればコップの形になるし、川では地形に沿って流れるよね。つまり、水にはそれ自体で決まった形がないんだ。

筆者は、こうした「形がない」という性質について、日本人には独特の好みがあったのではないかと考える。

ここで登場するのが、「行雲流水(こううんりゅうすい)」という言葉。空を行く雲や流れる水のように、物事にとらわれず自然の成り行きに任せるあり方を表す言葉だよ。

ただし筆者は、日本人がただ受け身で自然に従ってきた、と言いたいわけではないんだ。むしろ、形を無理に固定せず、変わり続けるものを積極的に受け入れる心があったのではないか、と考えているんだね。

本文の「それは外界に対する受動的な態度というよりは」の「それ」は何を指しているのかな?
直前の「思想以前の感性」、つまり、決まった形のないものを好む日本人の感性を指しているよ。筆者は、それをただ自然に従う受け身の態度ではなく、形のないものを積極的に受け入れる心として捉えているんだ。

ここはテストでとても重要。「受動的な態度」ではなく「積極的に、形なきものを恐れない心」という対比を押さえておこう。

なぜ最後に、もう一度「鹿おどし」が登場するのか

文章の最後で、筆者は再び「鹿おどし」の話に戻るよ。
ここで大事なのが、「見えない水と、目に見える水」という対比なんだ。

噴水は、水が作る形を目で見て楽しむもの。一方、「鹿おどし」では、音が鳴るまでの間に水が流れ、水受けにたまっていることを、音の間隔から感じ取れるよね。

つまり、筆者の言う「見えない水」とは、「水が本当に消えている」ということではなく、水を直接見なくても、その流れや存在を心で感じられるということなんだ。

筆者は、このような鑑賞の仕方を「日本人が水を鑑賞する行為の極致」と表現する。
「極致」は、あることの最も高いところ、行き着いた境地という意味。水そのものの形を眺めなくても、水の流れを感じられる「鹿おどし」は、日本人の美意識を象徴する仕掛けだ、という結論につながるんだね。

西洋の噴水では目に見える水の形を楽しむのに対し、日本の鹿おどしでは断続する音を聞くことで、水を直接見なくても心でその流れを感じ取ることを示す図解。

「水の東西」の対比と重要表現

三つの対比を整理しよう

この文章のテストで特に大切なのは、途中に出てくる三つの対比表現だよ。どれも「鹿おどし」と「噴水」の違いを、少しずつ深く説明しているんだ。

対比表現鹿おどし(日本の水の感じ方)噴水(西洋の水の感じ方)
流れる水/噴き上げる水自然に流れる水を、音や間隔から感じる勢いよく噴き上げられた水を見る
時間的な水/空間的な水音と音の間に、時間の長さや流れを感じる水が作り出す形を、空間の中で味わう
見えない水/目に見える水水を直接見なくても、流れる存在を心で感じる水の動きや形が視覚的にはっきり見える
山崎正和「水の東西」に登場する、鹿おどしと噴水の三つの対比「流れる水と噴き上げる水」「時間的な水と空間的な水」「見えない水と目に見える水」を比較した図解。

覚え方は、「鹿おどし=音・間隔・時間・見えない流れ」/「噴水=目・形・空間・見える水」。
ただし、鹿おどしの水が実際に見えないという意味ではないよ。何を中心に美しさを味わうかの違いなんだ。

身近な例では、音楽と絵画を思い浮かべると分かりやすいよ。音楽は、次々に響く音を時間の流れの中で味わう。一方、絵画は、目の前にある色や形を空間の中で鑑賞するよね。鹿おどしと噴水の違いも、この二つの鑑賞の仕方に重ねるとイメージしやすくなるんだ。

対比表現には、どんな効果があるのか

筆者はなぜ、「流れる水/噴き上げる水」「時間的な水/空間的な水」「見えない水/目に見える水」と、繰り返し対比しているんだろう?
まず、鹿おどしと噴水の特徴を比べることで、それぞれの違いがはっきりするよね。さらに、水の動きという具体的な違いから、時間と空間、そして目に見えないものを感じる日本人の美意識へと、考察が次第に深まっていくんだ。
こうして対比を重ねることで、形なきものを恐れない日本人の感性という筆者の主張も、より印象的に伝わるんだよ。

特に大切な表現と、その意味

本文の表現意味・表現の効果
「人生のけだるさ」緊張と解放が繰り返され、何も大きく変わらない様子に感じる、もの悲しさやむなしさ。
「徒労」何度動いても元に戻り、また一から始まる様子を表す。
「くぐもった優しい音」鹿おどしの響きが、華やかな噴水とは違う、静かな雰囲気を生み出していること。
「せき止め、刻む」流れを区切ることにより、かえって水や時間が絶えず流れていると感じさせること。
「音をたてて空間に静止」水は動いているのに、噴水の作る全体の形は空間に保たれているように見えること。
「形なきものを恐れない心」形を固定せず、移り変わる自然のあり方を積極的に受け入れる美意識。
「水を鑑賞する行為の極致」水そのものを見ずに、断続する音から流れを心で味わう境地。

この文章は、ただ「日本のほうが優れている」「西洋のほうが美しい」と比べているわけではないよ。何を美しいと感じるか、その着目点の違いを考える評論なんだ。

「水の東西」筆者の主張・タイトルの意味

筆者が最も伝えたいこと

筆者の主張

日本人は、水の形を人工的に作り上げるよりも、水が自然に流れる姿や、形の定まらないものを好んできた。水の動きを目で見せる西洋の噴水に対して、日本の「鹿おどし」は、音と音の間から目に見えない水や時間の流れを感じさせる。そこには、形のないものを積極的に受け入れる日本人の独特な美意識が表れている。

筆者は、噴水と「鹿おどし」を比べることで、目の前にある「形」を楽しむことと、形にならない「流れ」を感じることの違いを考えているんだ。
日本人の水の楽しみ方の特徴を、最後の「鹿おどし」に集約しているんだね。

タイトル「水の東西」には、どんな意味がある?

「東西」は、ここでは日本と西洋のこと。
どちらにも水はあるのに、その水の見せ方や感じ方には違いがある、というのがタイトルの意味だよ。

日本の「鹿おどし」は、時間の中で流れていく水を心で感じさせる。西洋の「噴水」は、空間の中に作り上げられた水の形を見せる。
その違いを通して、筆者は日本人の「形なきものを恐れない心」に注目しているんだね。

テストで押さえておきたい三つのポイント

  1. 二つの具体例:鹿おどしと噴水の仕組み・見え方・感じ方を区別する。
  2. 三つの対比:「流れる/噴き上げる」「時間的/空間的」「見えない/目に見える」の意味を説明できるようにする。
  3. 筆者の結論:鹿おどしが、形なきものを心で感じる日本人の美意識を表していることを押さえる。

たろう
はじめは「ただ音が鳴るだけの仕掛け」に見えた鹿おどしが、読み終わると「日本人の水の感じ方を表す仕掛け」になるんだね。文章の最初と最後がつながった!

「水の東西」語句の意味

本文で使われている言葉のうち、意味を押さえておきたいものをまとめたよ。

語句意味
鹿おどし(ししおどし)水がたまると竹が傾き、元に戻る際に音を立てる仕掛け。
愛嬌(あいきょう)親しみやすく、かわいらしい感じ。
けだるさなんとなくだるく、気力がわかない感じ。
筧(かけい)水を引いて流すために取り付けた樋(とい)など。
くぐもった音がこもって、はっきり響かない様子。
徒労(とろう)苦労したのに、役立つ結果が得られないこと。
静寂(せいじゃく)ひっそりと静まりかえっていること。
いやがうえにもただでさえそうなのに、ますますいっそう。
断続(だんぞく)続いたり途切れたりすること。
間隔(かんかく)二つのものや出来事の間の距離・時間。
趣向を凝らす(しゅこうをこらす)おもしろくなるように、いろいろ工夫する。
林立(りんりつ)たくさんのものが林の木のように立ち並ぶこと。
息をのむ驚きや感動のあまり、思わず息を止める。
造型(ぞうけい)材料などを用いて、ある形を作り出すこと。本文では水が作る形。
添えもの(そえもの)主になるものを引き立てるために添えるもの。
外面的(がいめんてき)物事の表面に現れた事情や性質に関わる様子。
受動的(じゅどうてき)自分から働きかけるより、外からの働きかけを受け入れる様子。
行雲流水(こううんりゅうすい)雲や水のように、物事にとらわれず自然の成り行きに任せること。
間隙(かんげき)物と物、時間と時間などの間にあるすきま。
極致(きょくち)ある事柄が行き着く、最も高い境地。
鑑賞(かんしょう)芸術や美しいものを見たり聞いたりして、そのよさを味わうこと。

「水の東西」漢字の読み方

読みを覚えておきたい漢字・熟語をまとめたよ。特に「鹿おどし」「筧」「徒労」「間隙」「行雲流水」などは、意味と一緒に確認しよう。

漢字・語句読み方
鹿おどしししおどし
愛嬌あいきょう
一端いったん
筧かけい
緊張きんちょう
徒労とろう
音響おんきょう
静寂せいじゃく
間隔かんかく
噴水ふんすい
趣向しゅこう
凝らすこらす
壮大そうだい
造型ぞうけい
林立りんりつ
圧縮あっしゅく
粘土ねんど
受動的じゅどうてき
行雲流水こううんりゅうすい
断続だんぞく
間隙かんげき
極致きょくち
鑑賞かんしょう
せき止めるせきとめる

「水の東西」の内容はつかめたかな?
テスト前には、「鹿おどし=時間・音」「噴水=空間・形」の対比と、「形なきものを恐れない心」の意味を、自分の言葉で説明できるか確かめてみよう!

ここまで学習できたら、「水の東西」のテスト対策練習問題とドリルに挑戦しよう!

【高校現代文】「水の東西」定期テスト対策練習問題・一問一答|山崎正和
【高校現代文】「水の東西」漢字の読み書きドリル
【高校現代文】「水の東西」重要語句ドリル
【高校現代文】「水の東西」内容理解ドリル
【高校現代文】「水の東西」筆者の主張・表現ドリル

テスト対策を終えたたろうに、くまごろうがYouTubeの一問一答動画をすすめ、聞き流しでも復習できることを紹介する漫画。

運営者情報

青山学院大学教育学科卒業。TOEIC795点。2児の母。2019年の長女の高校受験時、訳あって塾には行かずに自宅学習のみで挑戦することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。志望校の特待生クラストップ10位内で合格を果たす。 ※サイト全体の運営実績についてはこちらにまとめています。「ゆみねこの教科書」は、ゆみねこの教科書教育メディア合同会社が運営しています。会社概要・事業内容については、コーポレートサイトをご覧ください。

感想や意見を聞かせてね

目次