高校古文『徒然草』「九月二十日のころ」現代語訳・品詞・敬語をわかりやすく解説
高校古文で学習する『徒然草』「九月二十日のころ」について、本文・現代語訳・あらすじ・重要語句・敬語・文法をわかりやすく解説するよ。
この話は、月の美しい夜に、ある人に誘われて月見に出かけた作者が、訪問先の人のさりげないふるまいに心を動かされる文章だよ。短い話だけれど、見られているとは知らない場面で自然に表れる心づかいや、しみじみとした趣深さを読み取ることが大切なんだ。
この記事で分かること
- 『徒然草』「九月二十日のころ」のあらすじ
- 本文の現代語訳
- 「ある人」「その人」「作者」の関係
- 「案内せさせて」が表す行動
- 「わざとならぬにほひ」「忍びたるけはひ」「優におぼえて」の意味
- 反実仮想「ましかば〜まし」
- 反語「いかでか知らん」と係り結び
- 最後の一文に込められた作者の気持ち
- 教科書の挿絵を本文の言葉と結びつけて読むポイント
目次
1.『徒然草』「九月二十日のころ」とは
「九月二十日のころ」は、『徒然草』の第三十二段にあたる文章だよ。
『徒然草』は、兼好法師によって書かれた随筆で、自然、人間関係、世の中のあり方、人生のはかなさなどについて、作者の考えや感じたことがつづられているんだ。
この「九月二十日のころ」では、月見の夜に訪れた家で、訪問先の人が見せた何気ないふるまいに、作者が深く心を動かされる様子が描かれているよ。
ここで大切なのは、その人が「見られている」と知っていたから風流にふるまったのではない、ということなんだ。誰かが見ているとは知らない場面で、自然に月を眺める。そのさりげない行動に、日ごろからの心づかいが表れていると作者は感じているんだね。
現代の感覚では、物陰から人の様子を見る場面に少し違和感を持つかもしれないね。ただ、この文章では、古典の世界で大切にされた奥ゆかしさ・風流・日ごろのたしなみを読み取ることがポイントになるよ。
2.本文
教科書によって、表記や句読点、送り仮名が少し異なる場合があるよ。定期テストでは、学校で使っている本文を優先して確認しよう。
九月二十日のころ、ある人に誘はれ奉りて、明くるまで月見歩くこと侍りしに、思し出づる所ありて、案内せさせて入り給ひぬ。
荒れたる庭の露しげきに、わざとならぬにほひ、しめやかにうち薫りて、忍びたるけはひ、いとものあはれなり。
よきほどにて出で給ひぬれど、なほことざまの優におぼえて、物の隠れよりしばし見ゐたるに、妻戸をいま少し押し開けて、月見る気色なり。
やがてかけこもらましかば、口惜しからまし。あとまで見る人ありとは、いかでか知らん。かやうのことは、ただ朝夕の心づかひによるべし。
その人、ほどなく失せにけりと聞き侍りし。
3.現代語訳
九月二十日ごろのこと、ある人にお誘いいただいて、夜が明けるまで月を見ながら歩き回っていましたところ、その人が思い出した場所があって、人に訪問先への取り次ぎをさせて、お入りになりました。
荒れた庭には露がたくさん降りていて、客のためにことさらにたいたとも思われない香の匂いが、しっとりと漂っていて、ひっそりと住んでいる様子は、たいそうしみじみと趣深いものでした。
ある人はちょうどよいころあいでお出になりましたが、私はなおもその場の様子が上品で美しく感じられて、物陰からしばらく見続けていたところ、訪問先の人が妻戸をもう少し押し開けて、月を見ている様子でした。
もしそのまま妻戸に掛け金を掛けて、部屋にこもってしまったなら、物足りなく残念だったでしょう。あとまで見ている人がいるとは、どうして知っていたでしょうか、いや、知るはずがありません。このようなことは、ただ日ごろの心づかいによるものにちがいありません。
その人は、まもなく亡くなってしまったと聞きました。
4.あらすじ

九月二十日ごろ、作者はある人に誘われて、夜明けまで月を見ながら歩いていたよ。
その途中で、ある人がふと思い出した場所があり、そこへ立ち寄ることになったんだ。ある人は、人に訪問先への取り次ぎをさせて、その家の中へ入ったよ。
荒れた庭には露がたくさんあり、ことさらにたいたとも思われない香の匂いがしっとりと漂っていて、ひっそりとした住まいの気配がとても趣深く感じられたよ。
ある人は、ちょうどよいころあいでその家から出てきたけれど、作者はその場の雰囲気が上品で忘れがたく、物陰からしばらく見続けていた。すると、訪問先の人が妻戸を少し開けて、月を見ている様子だったんだ。
作者は、もしその人がすぐに妻戸に掛け金を掛けて部屋にこもってしまったなら残念だっただろう、と思ったよ。そして、あとまで人が見ているとは知らないはずなのに、このようなふるまいができるのは、日ごろの心づかいによるのだと感じたんだ。
最後に、その人はまもなく亡くなったと聞いた、と語られているよ。この結びによって、月夜の美しい記憶と、その人の死を惜しむ気持ちが重なり、しみじみとした余韻が生まれているんだ。
5.登場する三者を整理しよう
この文章では、主語が省略されることが多いよ。特に、作者・ある人・その人の三者を区別することが大切なんだ。
| 人物 | どのような人か | 主な行動 |
|---|---|---|
| 作者 | この文章を書いている人。兼好法師。 | ある人に誘われて月見に出かけ、物陰から訪問先の様子を見る。 |
| ある人 | 作者を月見に誘った人。 | 途中で思い出した場所があり、人に訪問先への取り次ぎをさせて家の中へ入る。よいころあいで出てくる。 |
| その人 | 訪問先の家に住んでいる人。 | 客が帰った後、妻戸を少し開けて月を眺める。のちに、まもなく亡くなったと語られる。 |

教科書では、「ある人」「その人」「作者」の行動を整理する問題が出やすいよ。特に、「その人」は、作者を月見に誘った『ある人』とは別の人物として読むことが大切なんだ。
「案内せさせて」とは、誰が何をしたの?
「案内せさせて」は、訪問したことを取り次がせる、という意味だよ。
本文では、ある人が、人に訪問先への取り次ぎをさせて、家の中へ入ったと考えられるよ。
「案内」は、ここでは道案内というより、訪問を告げる取り次ぎのことなんだ。現代語の「案内」と少し意味が違うので注意しよう。
文法的には、「案内す」に使役の助動詞「さす」がついた形だよ。つまり、「自分で取り次いだ」のではなく、人に取り次ぎをさせたという意味になるんだ。
6.教科書の挿絵から考えよう
教科書によっては、「九月二十日のころ」の同じ場面を描いた二つの挿絵を比べる活動があるよ。
この活動で大切なのは、挿絵の人物をただ見るだけではなく、本文のどの言葉を根拠に、その人物像を考えるかということなんだ。
たとえば、本文には「その人」の性別や年齢、細かな姿ははっきり書かれていないよ。そのため、挿絵によって「その人」の描かれ方が違うことがあるんだ。
しかし、本文には「わざとならぬにほひ」「忍びたるけはひ」「妻戸をいま少し押し開けて、月見る気色なり」など、その人の暮らしぶりや心づかいを想像する手がかりがあるよ。
つまり、挿絵の違いを考えるときも、本文の言葉を根拠にして、「その人」はどのような人物として描かれているのかを考えることが大切なんだ。
- 「ある人」「その人」「作者」のうち、どの人物が描かれているか。
- 妻戸を開けて月を見ている人物は、本文のどの場面にあたるか。
- 人物の表情や姿勢から、どのような印象を受けるか。
- その印象は、本文のどの言葉と結びつくか。
- 本文に書かれていないことを、挿絵がどのように補っているか。
古文では、すべての情報が本文にはっきり書かれているとは限らないよ。だからこそ、本文の言葉を手がかりにして、人物の様子や心づかいを想像する力が大切なんだ。
7.内容をわかりやすく解説
作者は何に感動したのか

この文章で作者が感動しているのは、ただ「月がきれいだった」ということだけではないよ。
荒れた庭、露、さりげなく漂う香の匂い、ひっそりと住んでいる気配、そして妻戸を少し開けて月を見る人の姿。こうしたものが重なって、作者はその場全体の奥ゆかしい雰囲気に心を動かされているんだ。
特に大切なのは、妻戸を開けて月を見ていた「その人」が、作者に見られているとは知らなかったことだよ。
人に見せるためではなく、自然に月を眺める。その何気ないふるまいに、日ごろからの心づかいや美意識が表れている、と作者は感じたんだね。
記述問題では、誰も見ていないと思っているときでも、自然に風流なふるまいができるところに作者は感動した、と押さえておくとよいよ。
「わざとならぬにほひ」が大切
「わざとならぬにほひ」とは、客のためにことさらに薫いたとも思われない、さりげなく漂う香の匂いのことだよ。
ここでの「にほひ」は、花や草木の自然な香りというより、香・薫物の匂いと考えると分かりやすいよ。
大切なのは、客に見せるために急に用意したような、わざとらしい香りではないということなんだ。ふだんから自然に漂っているような香の匂いだからこそ、作者はその住まいに奥ゆかしさを感じているんだね。
「忍びたるけはひ」とは
「忍びたるけはひ」とは、ひっそりと住んでいる様子のことだよ。
にぎやかで派手な雰囲気ではなく、静かで目立たない暮らしぶりが感じられる表現なんだ。
「荒れたる庭」「露しげき」「わざとならぬにほひ」「忍びたるけはひ」が重なることで、訪問先の家全体に、しみじみとした趣深さが生まれているよ。
「妻戸をいま少し押し開けて、月見る気色なり」の主語
「妻戸をいま少し押し開けて、月見る気色なり」の主語は、訪問先の家に住んでいる「その人」だよ。
ここを、作者や「ある人」と混同しないようにしよう。作者は物陰から見ている側で、「ある人」はすでに家から出てきた側だよ。そして、妻戸を少し開けて月を見ているのが、訪問先の「その人」なんだ。
この場面は、作者が「その人」の日ごろの心づかいに感動する中心場面だよ。
「かやうのこと」とは何を指すのか
「かやうのこと」は、直訳すると「このようなこと」だよ。ただし、テストでは「具体的に何を指すのか」が問われやすいんだ。
ここでは、ことさらに用意したのではない香や、ひっそりした住まいの気配、客が帰った後も自然に月を眺める姿などに表れた、日ごろから身についた風流な心づかいを指すと考えられるよ。
つまり、一夜だけ特別に演出した美しさではなく、ふだんからの暮らし方や心づかいが自然に表れたものだと、作者は考えているんだ。
特に、あとまで見ている人がいるとは知らないのに、妻戸を少し開けて月を眺める姿は、その心づかいが自然に表れた場面として重要だよ。
8.重要語句
| 語句 | 意味・ポイント |
|---|---|
| 九月二十日 | 陰暦九月二十日ごろ。秋の終わりに近いころ。 |
| 誘はれ奉りて | お誘いいただいて。「奉り」は謙譲の補助動詞で、作者が「ある人」に敬意を示している。 |
| 明くるまで | 夜が明けるまで。 |
| 月見歩く | 月を見ながら歩き回る。「歩く」は古文では「ありく」と読む。 |
| 侍りしに | 「侍り」は丁寧語の本動詞。ここでは「ございました」ほどの意味で、作者が読み手に対して丁寧に述べている。 |
| 思し出づ | お思い出しになる。「思い出す」の尊敬表現。 |
| 案内 | 取り次ぎ。訪問を告げること。 |
| 案内せさせて | 人に取り次ぎをさせて。ここでは、ある人が人に訪問先への取り次ぎをさせたと考えられる。 |
| 入り給ひぬ | お入りになった。「給ふ」は尊敬語、「ぬ」は完了。 |
| 露しげき | 露が多い。 |
| わざとならぬ | ことさらではない。わざわざしたようではない。 |
| にほひ | 香の匂い。ここでは、ことさらに薫いたとも思われない、さりげなく漂う香の匂い。 |
| しめやかに | しっとりと落ち着いた様子。 |
| うち薫りて | ふと香って。ほのかに香って。 |
| 忍びたるけはひ | ひっそりと住んでいる様子。 |
| ものあはれなり | しみじみと趣深い。何とも言えず心にしみる様子。 |
| よきほどにて | ちょうどよいころあいで。 |
| 出で給ひぬれど | お出になったけれど。「出づ」は「いづ」と読む。 |
| ことざま | 様子。物事のありさま。 |
| 優におぼえて | 上品で美しく感じられて。奥ゆかしく感じられて。 |
| しばし見ゐたるに | しばらく見続けていたところ。「見ゐたる」は、じっと見続けていたという意味で押さえるとよい。 |
| 妻戸 | 部屋の出入り口にある左右両開きの戸。 |
| 月見る気色なり | 月を見ている様子である。 |
| やがて | そのまま。ここでは、客が帰った後、そのまますぐに、という意味で考えると分かりやすい。 |
| かけこもる | 妻戸に掛け金を掛けて、部屋にこもる。 |
| 口惜し | 物足りない。残念だ。 |
| いかでか知らん | どうして知っていただろうか、いや、知るはずがない。反語。 |
| かやうのこと | このようなこと。ここでは、香・住まいの気配・月を見る姿などに表れた、日ごろから身についた風流な心づかいを指すと考えられる。 |
| 朝夕の心づかひ | 日ごろの心づかい。ふだんからのたしなみ。 |
| 失せにけり | 亡くなってしまった。「失す」は亡くなる。 |
| 聞き侍りし | 「侍り」は丁寧語の補助動詞で、「聞きました」の意味。「し」は過去の助動詞「き」の連体形。 |
9.敬語のポイント
この文章では、敬語が多く使われているよ。誰に対する敬意なのかを整理することが、定期テストではとても大切なんだ。
| 表現 | 敬語の種類 | 敬意の対象・ポイント |
|---|---|---|
| 誘はれ奉りて | 謙譲の補助動詞を含む表現 | 「奉り」は謙譲の補助動詞。作者が自分側を低めることで、誘ってくれた「ある人」に敬意を示している。 |
| 侍りしに | 丁寧語の本動詞 | 「ございました」ほどの意味。作者から読み手への丁寧な言い方。 |
| 思し出づる | 尊敬語 | 「ある人」の動作を高めている。「お思い出しになる」。 |
| 入り給ひぬ | 尊敬語 | 「ある人」の動作を高めている。「お入りになった」。 |
| 出で給ひぬれど | 尊敬語 | 「ある人」の動作を高めている。「お出になったけれど」。 |
| 聞き侍りし | 丁寧語の補助動詞 | 「聞きました」の意味。作者から読み手への丁寧な言い方。 |
ポイントは、「給ふ」は基本的に『ある人』への尊敬、「侍り」は作者から読み手への丁寧語として押さえることだよ。
また、「侍り」は、本文中で使われ方が少し違うよ。「月見歩くこと侍りしに」の「侍り」は丁寧語の本動詞、「聞き侍りし」の「侍り」は丁寧語の補助動詞として考えると整理しやすいんだ。
「奉り」は謙譲の補助動詞だよ。「誘はれ奉りて」は、作者が「ある人」に対して敬意を示しながら、「お誘いいただいて」と述べている表現なんだ。
10.重要文法

反実仮想「ましかば〜まし」
本文の重要文法の一つが、次の文だよ。
やがてかけこもらましかば、口惜しからまし。
これは、「ましかば〜まし」の形で、反実仮想を表しているよ。
| 表現 | 意味 | 本文での意味 |
|---|---|---|
| ましかば | もし〜だったならば | もしそのまま妻戸に掛け金を掛けて、部屋にこもってしまったならば |
| まし | 〜だっただろうに | 物足りなく残念だっただろうに |
つまり、「もしそのまま妻戸に掛け金を掛けて、部屋にこもってしまったなら、物足りなく残念だっただろう」という意味になるんだ。
実際には、その人はすぐに閉じこもらなかった。だから、作者はそのふるまいを奥ゆかしく感じているんだね。
反語と係り結び「いかでか知らん」
あとまで見る人ありとは、いかでか知らん。
「いかでか知らん」は、「どうして知っていただろうか、いや、知るはずがない」という反語だよ。
文法的には、「か」が係助詞で、結びは推量の助動詞「む」の連体形だよ。本文では、「む」が「ん」の形になっているんだ。
つまり、「いかでか知らん」は、反語の意味だけでなく、係助詞「か」による係り結びも確認したい表現なんだね。
ここでは、「その人」は、あとまで見ている人がいるとは知らなかった。だからこそ、その月を見るふるまいは、人に見せるためではなく、日ごろの心づかいから自然に出たものだと分かるんだ。
「見ゐたるに」の文法
本文の「しばし見ゐたるに」も、形を整理しておくと分かりやすいよ。
まず意味としては、「しばらくじっと見続けていたところ」と押さえよう。
| 本文 | 分解 | 意味・ポイント |
|---|---|---|
| 見ゐたるに | 見|ゐ|たる|に | 「見」は動詞、「ゐ」はその状態でいることを表す補助的な動詞、「たる」は存続の助動詞「たり」の連体形、「に」は接続助詞。全体で「見続けていたところ」という意味。 |
この場面では、作者が物陰からしばらく見ている状態が続いているので、「たる」は存続として考えると分かりやすいよ。
完了の助動詞「ぬ」「に」と過去の助動詞「き」「けり」
本文には、完了や過去の助動詞も出てくるよ。
| 本文 | 文法 | 意味 |
|---|---|---|
| 入り給ひぬ | 「ぬ」=完了の助動詞 | お入りになった。 |
| 出で給ひぬれど | 「ぬれ」=完了の助動詞「ぬ」の已然形 | お出になったけれど。 |
| 失せにけり | 「に」=完了の助動詞「ぬ」の連用形、「けり」=過去の助動詞 | 亡くなってしまった。 |
| 聞き侍りし | 「し」=過去の助動詞「き」の連体形 | 聞きました。 |
「失せにけり」の「けり」は、ここではまず過去の助動詞として押さえよう。「その人がまもなく亡くなったと聞いた」という意味になるよ。
最後の「聞き侍りし」は、過去の助動詞「き」の連体形「し」で終わっているよ。教科書によっては、このような文末が作る余情にも注目することがあるんだ。
11.最後の一文に込められた気持ち

その人、ほどなく失せにけりと聞き侍りし。
この最後の一文は、内容理解の問題でとても大切だよ。
作者は、あの夜に見た「その人」の奥ゆかしいふるまいを、印象深いものとして覚えていたんだ。その人がまもなく亡くなったと聞いたことで、その記憶はいっそうしみじみとしたものになっているよ。
ここには、その人の死を惜しむ気持ち、月夜の出来事を懐かしく思い返す気持ち、そしてその人の奥ゆかしい人柄をしみじみと思う気持ちが込められていると考えられるんだ。
ただし、この段の主題をいきなり「無常観」とだけ決めつける必要はないよ。まずは、作者が日ごろの心づかいが自然に表れたふるまいに感動し、最後にその人の死を聞いて、惜しみ懐かしむ気持ちを抱いた、と整理しよう。
12.テストで問われやすい内容
「九月二十日のころ」は、短い文章だけれど、人物関係・語句・敬語・文法・内容理解がバランスよく問われやすいよ。
- 出典は『徒然草』第三十二段。
- 作者は兼好法師。
- 「九月二十日」は「ながつきはつか」と読む。
- 「ある人」は、作者を月見に誘い、思い出した家へ入った人。
- 「その人」は、訪問先の家に住んでいる人。
- 「作者」は、物陰から訪問先の様子を見た人。
- 「案内せさせて」は、人に訪問先への取り次ぎをさせて、という意味。
- 「誘はれ奉りて」の「奉り」は謙譲の補助動詞で、ある人への敬意。
- 「思し出づる」「入り給ひぬ」「出で給ひぬ」は、「ある人」への尊敬。
- 「侍りしに」の「侍り」は丁寧語の本動詞。
- 「聞き侍りし」の「侍り」は丁寧語の補助動詞。
- 「わざとならぬにほひ」は、ことさらに薫いたとも思われない、さりげなく漂う香の匂い。
- 「忍びたるけはひ」は、ひっそりと住んでいる様子。
- 「妻戸をいま少し押し開けて、月見る気色なり」の主語は、訪問先の「その人」。
- 「しばし見ゐたるに」は、しばらく見続けていたところ、という意味。
- 「見ゐたるに」の「たる」は、存続の助動詞「たり」の連体形。
- 「やがて」は、そのまま、という意味。
- 「かけこもる」は、妻戸に掛け金を掛けて、部屋にこもること。
- 「ましかば〜まし」は反実仮想。
- 「いかでか知らん」は反語。「か」による係り結びにも注意。
- 「かやうのこと」は、香・住まいの気配・月を見る姿などに表れた、日ごろから身についた風流な心づかいを指すと考えられる。
- 作者は、誰も見ていないと思っているときでも自然に風流なふるまいができるところに感動している。
- 最後の一文には、その人の死を惜しみ、月夜の出来事を懐かしく思い返す気持ちが込められている。
- 教科書の挿絵を比べるときは、人物の描かれ方の違いを、本文の言葉を根拠にして考える。
ここまで学習できたら、「九月二十日のころ」のテスト対策練習問題とドリルにも挑戦しよう!
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参考文献・参考資料
- 東京書籍『新編古典探究』令和4年「九月二十日のころ」
- 兼好法師『徒然草』第三十二段「九月二十日のころ」
- 東京書籍 東書Eネット「(徒然草)九月二十日のころ/語句と表現」
- 東京書籍 東書Eネット「(徒然草)九月二十日のころ/解説プリント」
運営者情報
檜垣由美子
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