社会6

歴史を漫画で学習しよう!鎌倉幕府はどんな政治をしたの?シンプルな漫画と説明でサクッと読める!

みなもとの頼朝よりとも征夷大将軍せいいたいしょうぐん任命にんめいされて、鎌倉幕府は朝廷ちょうていとは別の「政府せいふ」として認められることになったね。

このページでは、鎌倉幕府ではどんな政治がおこなわれていたか、そして鎌倉幕府の特徴である「御恩ごおん奉公ほうこう」の関係とは何か?を解説していくよ!

yumineko
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征夷大将軍せいいたいしょうぐんって?朝廷ちょうていとは別の政府ってどういうこと?とピンとこなかったらココを読もう!

鎌倉幕府かまくらばくふとは?
おさらいしよう!

鎌倉幕府は誰が・いつ・どうやって開いたの?

鎌倉幕府を開いたのは源頼朝だよ。

平氏へいしを倒した頼朝は、朝廷から関東地方を任されるようになって、関東地方の武士ときずなを深めていったよ。
さらに平氏を倒すためや、裏切り者として捕まえることになったみなもとの義経よしつねを追うために侍所さむらいどころを作ったり、全国に守護しゅご地頭じとうを置いたりして力を伸ばしていったよ。

そして1192年に朝廷から「征夷大将軍せいいたいしょうぐん」に任命されて、鎌倉幕府は「政府」として人々から認められるほどになったよ。

 

鎌倉幕府は誰が・いつ・どうやって開いたか

・誰が開いたの?→源頼朝が鎌倉幕府を開いた

・どうやって開いたの?
①朝廷から関東地方を任されるようになって関東地方の武士とのきずな深めた
②全国に守護・地頭を置いて、頼朝の力が及ぶようにした
③征夷大将軍に任命されて、「政府」として認められるようになった

・いつ開いたの?→征夷大将軍に任命された1192年が鎌倉幕府のスタートとして考えられている

鎌倉幕府はどこにあるの??

鎌倉幕府が開かれたのは、神奈川県鎌倉市だよ。

鎌倉にある鶴岡八幡宮つるおかはちまんぐうは、源氏にとってゆかりのある神様なんだよね。
くまごろう
くまごろう
そうだね。他にも鎌倉に幕府を開いた理由があったね。
頼朝が鎌倉に幕府を開いた理由

①鎌倉は源氏の「ゆかりの土地」だったから
②鎌倉は海と山に囲まれている土地なので、敵に攻め込まれにくいから
③京都にある朝廷から離れているので、朝廷の力が影響しにくいから

ここまでのことは、詳しくは「武家政権ぶけせいけんの始まり」でも解説しているので、あまり自信のない時は復習してみよう!

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では早速、鎌倉幕府ではどんな政治がおこなわれていたか解説するよ。

鎌倉幕府の政治のしくみ

鎌倉幕府は「朝廷とは別の政府」なんだから、鎌倉幕府オリジナルの「政治」をしていたということだよね。

くまごろう
くまごろう
現代の日本でも、政治を行うための仕組しくって必要だよね。

例えば、法律やお金の使い方などを決める「国会こっかい」とか、社会の安全をまもる「警察」とか、法律を守らなかった人にどんな罰をあたえるか決める「裁判所」とか。

鎌倉幕府が政治を行うためにも、同じような仕組みが作られたんだ。

では、鎌倉幕府はどんな仕組みで政治がおこなわれていたのか解説するよ。

幕府のトップはもちろん「将軍しょうぐん

将軍は幕府の中で文句なしの№1。
リーダー的な存在
だよ。

幕府といえば「将軍」という言葉は有名だけど、「将軍」の正式名称せいしきめいしょうは「征夷大将軍せいいたいしょうぐん
1192年に頼朝は朝廷から「征夷大将軍」に任命されたよね。

今までは「征夷大将軍」という言葉は、朝廷に逆らっていた「蝦夷えみし」を「征討せいとう(いうことを聞かないものを攻めて倒すこと)」する軍の大将という意味だったんだ。

征夷大将軍には武士の中でもトップの人がなっていたので、「征夷大将軍になる」=武士の№1ということを意味するんだ。

武士の№1になった頼朝が開いた幕府だからこそ、人々にも「政府」として認められた、ということだね。

くまごろう
くまごろう
普通の人が「これからオリジナルの政府を作りまーす」と言っても、だれも相手にしないけど、この時代に力をもっていた武士のトップが言うなら、みんな認めるよね。

こうして、鎌倉幕府の時から「征夷大将軍=幕府のトップ」という意味を持つようになったんだよ。

幕府のナンバー2「執権しっけん

執権しっけんという役職は、幕府の中で将軍の次にえらいんだ。

将軍のサポートとして、幕府の政治の実権じっけんを握っていたよ。(真の権力を持っていた、ということ)

一家の大黒柱だいこくばしらはお父さんだけど、お金の管理とか、おうちのことを色々決めているのは実はお母さん、みたいなイメージかな(笑)

しつのように将軍のサポートをして、力を持っていた、とイメージすると覚えやすいかな??

 

トップに「将軍」、その次に「執権」がいることがわかったね。
鎌倉幕府の政治の仕組みでは、将軍と執権の下には「中央機関ちゅうおうきかん」と「地方機関ちほうきかん」のそれぞれの役職がいるんだ。

鎌倉幕府の政治のしくみのイラスト

幕府の中心 中央機関ちゅうおうきかん

中央機関というのは、鎌倉幕府の「中心となる仕組み」のこと。
全部で3つあるんだ。
機関きかんというのは、ある目的を達成するために作る組織そしきのことだよ。

鎌倉時代の国会こっかい 「政所まんどころ

これは「政治の仕事」を行うところ
現代の「国会」のイメージ。
どんな政治を行うか話し合ったって決めたり、何にどのくらいお金を使うかなどを決めるところだね。

鎌倉時代の警察 「侍所さむらいどころ

現代の「警察」のイメージ
将軍の為に戦ってくれる武士を管理したり、どうやって戦うか考えたり、悪い人を取り締まったりするところだよ。

ケンカを解決 「問注所もんちゅうじょ

現代の「裁判所」のイメージ
争いが起きた時に、どちらが悪いか判断したり、どんな罰が必要か考えたりするところだよ。
※現代の裁判所では、裁判官や裁判員が話し合って罪や罰が決められるけれど、鎌倉幕府の問注所は、裁判をするための手続きが出来るだけで、罪や罰は「源頼朝」が決めていたという違いがあるので注意してね。

くまごろう
くまごろう
この「政所」・「侍所」・「問注所」が鎌倉幕府の中心になる仕組みだよ。

地方の政治を管理 地方機関ちほうきかん

鎌倉幕府がある鎌倉での政治は、中央機関ちゅおうきかんがあればもう安心。

でも、地方はどうだろう?
鎌倉から離れた場所のことも、ちゃんと管理する仕組みが必要だよね。

そこで必要になるのが「地方機関」だね。
つまり、「地方のことを管理するための組織」のこと。

ここでいう「地方」とは、朝廷がある「京都」のことや、源頼朝が全国に置いた「守護しゅご地頭じとう」のいる国々のことだよ。

ちょっとまって。
そもそも、「守護・地頭」って何かピンとこないんだけど・・

各地の警察 「守護しゅご

この頃の日本全国に一人ずつ置かれたのが「守護」

守護の仕事は、その国の悪い人を捕まえたり、将軍に逆らった人を捕まえたりすること
他にも、その国にいる御家人ごけにん(ごけにん・将軍の為に働く武士)を京都や鎌倉幕府まで行って、警備するように命令したりするのが仕事だよ。
「悪からって警する」から守護というんだね。

現代のイメージで言うと、日本の警察のおおもとって、内閣ないかくにある「警察庁けいさつちょう」なんだ。そして、全国の都道府県には、それぞれに「警察本部」というのがあるんだよ。

幕府の中央機関の「侍所」が「警察庁」で、
地方機関の「守護」が「警察本部」という感じ。

税金を集める 地頭じとう

地頭というのは、全国にある「公領こうりょう」や「荘園しょうえん」を管理する仕事のことだよ。

「荘園」は学習したことあるけど、「公領」って??
くまごろう
くまごろう
荘園は、平安時代の藤原氏が栄えた話で学習したよね。
「貴族などが持っていた土地」のことを荘園と呼ぶんだったね。

公領というのは、「公(おおやけ)」の「領地(りょうち)」という字が使われているように、「国の土地」ということ。
「公園」も、「国が管理している遊び場」のことだよね。

この時代の「国の土地」というのは、つまり「朝廷(または幕府)が管理している土地」のことになるよ。

荘園と公領を「管理する」というのはどういうことかというと、その土地の「年貢ねんぐ」を取り立てたり、その土地の政治を行ったり、その土地の安全を守る警察の役割のようなものをしていたよ。

※年貢というのは、税金のようなもの。その土地でとれたお米とかを税としておさめなくてはいけないんだ。

朝廷の見張り番 六波羅探題ろくはらたんだい

六波羅探題は、ヒトコトでいうと「京都と朝廷を見張る仕事」
見張るためには、できるだけ朝廷に近いほうがいいよね。

そこで、京都の「六波羅ろくはら」というところに作られたから、「六波羅探題」というんだ。

「見張る」って、なにを見張るの?
くまごろう
くまごろう
もともとは「京都守護しゅご」という名前の役職があって、京都にいる御家人をまとめて京都を警備して守ったり、裁判をおこなったり、朝廷と幕府で連絡し合うのをサポートしたりする仕事だったんだ。

でも、1221年に後鳥羽上皇ごとばじょうこうが、鎌倉幕府を倒そうとしていくさを起こしたことがあったんだ。
※このことは、「鎌倉幕府のその後」で学習するよ。この乱がきっかけで作られた役職だから、「六波羅探題」は初めからあったわけではないよ。

結局、後鳥羽上皇はいくさに負けたんだけど、「また朝廷が乱をおこしたりしないように見張みはっておこう」ということになったんだよ。

探題たんだい」というのは、もともとは仏教の言葉で、仏教の教えについてみんなで議論ぎろんするのに、何を話し合うかの「お題」を考えたり、話し合いの結論が正しいかどうかを判断する役の人のことなんだ。

つまり、①朝廷の動きをさぐって、正しいかどうかを判断する役の「探題たんだい」が、
②朝廷を見張みはるのにピッタリな場所である「六波羅ろくはら」にあるから
「六波羅探題」というんだね。


鎌倉幕府の政治の仕組みでも登場する「御家人ごけにん」。
次は、鎌倉幕府の特徴である「将軍しょうぐんと御家人」の関係について解説するよ。

将軍と御家人を結びつける「御恩ごおん奉公ほうこう

朝廷では、重要な役職として働いたりする人たちは「貴族きぞく」だったよね。

鎌倉幕府では、「守護しゅご」や「地頭じとう」のような重要な役職として働く人たちは「武士」だというのが大きなチガイ。

頼朝は、関東で活躍するうちに地元の武士ときずなを深めたと勉強したよね。

くまごろう
くまごろう
この武士たちは、頼朝が幕府の将軍になると「将軍の家来けらい」として幕府で働いたんだ。
こうやって将軍の家来になった武士を御家人ごけにんと呼ぶよ。

御家人は、いくさで命をかけて戦ったり、守護や地頭などの役職について「将軍のために働いた」よ。
これを奉公ほうこう(ほうこう)」というんだ。

「ご奉仕ほうしする」という言葉があるよね。「奉」には「身をささげる」という意味があるよ。
奉公の「公」は、国とか天皇とか、「ご主人」という意味があるんだ。
つまり、「奉公」は「ご主人の為に身をささげる」ということだね。

では将軍はそれに対してどうするの??
というと、自分の為に命懸けで戦ったり働いてくれたりする御家人に、ちゃんと「お返し」をするんだよ。

このお返しというのがズバリ「土地」や「地位ちい」。
戦や仕事で頑張った御家人には、将軍は土地をあげたり、守護や地頭などの地位の有る仕事を与えたんだよ。

くまごろう
くまごろう
ちなみに「土地をもらった」とカンタンにいうけど、これってとても重要なんだ。
「将軍から土地をもらった」ということは、この時代の武士のトップから土地をもらったということ。

キミがもし悪い人で、誰かから力ずくで土地を奪おうとするとして、そんな土地に手をだすかな??

・・・そんなことしたら、将軍まで敵にまわすことになるよね(怖)
くまごろう
くまごろう
そうだよね。
だから、「将軍から土地を与えられる」というのは、「誰からも手出しされない」という安心もセットだったということ。

 

これを御恩ごおんというんだ。

恩恵おんけいを受ける」という言葉は聞いたことあるかな?
「恩恵」は、「めぐみ」といういみがあるんだ。「○○をおめぐみください!」っていうよね。

つまり、将軍が御家人に「恵みを与える」から、「御恩」と呼ぶんだね。

この「御恩」と「奉公」という関係のおかげで、将軍と御家人(武士)のつながりはますます強くなるんだ。
幕府の仕組みを支えるためには、とても重要な関係だったんだよ。

6年生はココを押さえればOK!
まとめ

鎌倉幕府の政治のしくみまとめ

※赤いキーワードは必ず覚えよう!
・鎌倉幕府が開かれたのは神奈川県鎌倉市
・鎌倉幕府を開いたのは源頼朝
・鎌倉幕府が開かれたのは1192年
・鎌倉幕府のトップは将軍しょうぐん
・政治の実権を握る将軍の次に偉いのは執権しっけん
中央機関ちゅうおうきかんは、政所まんどころ」「侍所さむらいどころ」「問注所もんちゅうじょがある
地方機関ちほうきかんには、守護しゅご」「地頭じとう」「六波羅探題ろくはらたんだいがある
・将軍の家来になった武士を御家人ごけにんと呼ぶ
・御家人が将軍の為に戦ったり働いたりすることを奉公ほうこうという
・将軍が御家人に土地や仕事を与えることを御恩ごおんという
「御恩と奉公」の関係は、将軍と御家人を結びつけ、幕府を支えている

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次は鎌倉幕府のその後を解説するよ!
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2児の母。2019年の長女の高校受験時、訳あって塾には行かずに自宅学習のみで挑戦することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。 志望校にトップ10位内で合格を果たす。 勉強をみるにあたって感じたのは、教科書の説明には子供には分かりづらい部分が多く、子供にイメージしやすく噛み砕いて説明するのがとても有効だということ。 同じように教科書の内容が分かりづらいと感じている子供たちの ヒントになれば、との思いで「教科書を分かりやすく通訳するサイト」創設。

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