「一つの花」あらすじと場面分け(テスト対策まとめ)ワークシート
小学校4年生の国語で学習する「一つの花」について、あらすじとお話のないよう、登場人物の気持ちやポイントをわかりやすく解説するよ。
場面分けについてや、戦争中と10年後のくらしのちがいなどもくわしくまとめているよ。
目次
「一つの花」あらすじ
「一つの花」のあらすじ・作者・登場人物をかくにんしよう。
作者について
「一つの花」は、今西祐行(いまにし すけゆき)さんが かいたお話だよ。
今西祐行さんは、ほかにも 『さくら子とおじいさん』や『ヒロシマの歌』などの作品も かいているよ。
日本が他の国と戦争をしていた、昭和時代の作家さんだから、戦争体験をもとに書かれた作品も多いんだ。
「一つの花」も、太平洋戦争の終わりごろのお話と されているよ。
登場人物
- 【ゆみ子】
このお話の 主人公の 小さな女の子。
「一つだけちょうだい」という言葉を 最初に覚えたよ。
戦争中で食べ物がなく、いつもおなかをすかせて、「一つだけちょうだい」と 食べ物をほしがったよ。 - 【ゆみ子のお母さん】
ゆみ子のお母さん。
食べ物をもっとほしがるゆみ子に「一つだけ」と言って、自分の分を分けていたよ。 - 【ゆみ子のお父さん】
ゆみ子のお父さん。
ゆみ子に 一輪のコスモスをわたして、戦争へ向かったよ。
あらすじ
戦争中、いつもおなかをすかせていたゆみ子に、お母さんは「一つだけー。一つだけー。」と言って、自分の食べ物を分けていました。
ゆみ子は、「一つだけちょうだい。」という言葉を最初に覚え、いつも食べ物をほしがるのでした。
お母さんやお父さんは、一つだけのよろこびしか知らないゆみ子をかわいそうに思ったり、これから先、よろこびなんて一つだってないかもしれないゆみ子のしょう来を不安に思ったりしていました。
お父さんが戦争に行く日、大事なお米で作ったおにぎりを、ゆみ子は「一つだけちょうだい。」とねだり、みんな食べてしまいました。
そして、お父さんが汽車に乗り込む直前、またおにぎりをほしがって泣いてしまいます。
そんなゆみ子に、お父さんは「一つだけのお花、大事にするんだようー。」と、一輪のコスモスの花をわたし、戦争へ向かいました。
それは、プラットホームのはしっぽの、ごみすて場のような所に、わすれられていたようにさいていたコスモスでした。
十年後、ゆみ子の家はコスモスの花でいっぱいに包まれています。
ゆみ子は買い物かごをもって、スキップしながら町へ行きます。
ゆみ子が小さなお母さんになって、お昼を作る日です。
「一つの花」内容とポイント
「一つの花」の 場面分けごとに、内容とポイントを かくにんしよう。
場面は、「場所」や「登場人物」、「時間」などが かわったところをヒントにして 考えるといいよ。
(「一つの花」の場面分けは、先生や学校によって 変わる かのうせいが あるよ。)
場面のうつりかわりに注目しながら、ゆみ子とお母さん、お父さんのせいかくや気持ちを考えたり、気持ちの変化を読み取ったりしよう。
第一の場面 ゆみ子は「一つだけちょうだい。」を最初に覚える
【時間】戦争がはげしかったころ
【登場人物】ゆみ子・ゆみ子のお母さん
【ないよう】ゆみ子が はっきり覚えた最初の言葉は 「一つだけちょうだい。」だったよ。
「一つの花」は、まだ戦争がはげしかったころの お話だよ。
戦争の様子は、
「おまんじゅうだの、キャラメルだの、チョコレートだの、そんな物はどこへ行ってもありませんでした」
「食べる物といえば、お米の代わりに配給される、おいもや豆やかぼちゃしかありませんでした」
「毎日、てきの飛行機が飛んできて、ばくだんを落としていきました」
「町は、次々にやかれて、はいになっていきました」
といった文章から わかるね。
食べるものは、「配給」によって やっと手に入れられる いもや豆、かぼちゃばかりで、いつもみんなが食べているような お米すら食べることができなかったんだ。
食べなくても生きていけるおやつは、決して食べることができなかったんだね。
なぜごはんが十分に食べられなかったのかというと、軍隊のため、戦争で戦うために、物やお金がゆう先されて、国民はだれもが生活も食事も せいげんされていたんだ。
毎日、ばくだんが落とされたり、町が焼かれたりしている様子からも、戦争に行っていない人も、いつ死ぬかわからないじょうきょうで、不安な毎日をすごしていたことがわかるね。
そんな戦争の時代において、主人公のゆみ子が 最初に覚えた言葉は「一つだけちょうだい。」だったよ。
なぜ、「一つだけちょうだい。」を最初に覚えたかというと、お母さんの「一つだけー。一つだけー。」という口ぐせを、知らず知らずのうちに覚えてしまったからだね。
題名の「一つの花」のように、お話の中で「一つ」「一つだけ」という言葉がたくさん登場するよ。どんな場面で、だれが どんな気持ちで使っている「一つ」「一つだけ」なのか、考えながら読んでみよう。
お母さんは、どうして「一つだけー。一つだけー。」が 口ぐせだったのかな?
それは ゆみ子がごはんやおやつを もっともっとと言って、いくらでもほしがるから、「じゃあ、一つだけよ。」と言って、自分の分から、分けていたからだね。
ゆみ子が いくらでも 食べ物をほしがるのは、戦争で食べる物がいつも足りなくて、おなかをすかせているからだね。
けっして わがままで ほしがっていたのではなく、とくべつにくいしんぼうだったわけでもなく、食べ物がないことや 戦争とは何かをりかいできないくらい、とても小さな子どもだったんだ。
ゆみ子って何さいなんだろう?教科書の絵を見ると、とても小さそうだよ。
1さいから2さいくらいで、言葉を話し始めることが多いよ。
そう考えると、ゆみ子の年齢は1さいか2さいくらいと考えてもいいね。
「お母さん」や「お父さん」、「わんわん」ではなく、「一つだけちょうだい」を最初に覚えたなんて、ゆみ子はよっぽどおなかをすかせていたんだな。
お母さんも きっと ごはんを十分に食べられていないのに、「一つだけ」が口ぐせになるほど、ひんぱんに ゆみ子に食べ物を分けていたんだね。
それだけ、食べ物が足りない生活が ずっと続いていたんだね。
お母さんは きっと「いつもおなかをすかせているゆみ子がかわいそう」「せめて自分ががまんして、ゆみ子に少しでも食べさせてあげたい」「栄養が足りなくて病気になってほしくない。元気に健康に育ってほしい」という気持ちだったんじゃないかな。
「一つだけ」はお母さんが ゆみ子を大事に思っての行動や言葉だったんだね。
ゆみ子は「一つだけ」を「食べ物がいくらでももらえる」いい言葉、うれしい言葉と思っているね。
お母さんは「一つだけ」を「一つだけしかない」「十分にあげられない」という 悲しい意味での言葉として使っているね。
第二の場面 お父さんとお母さんが ゆみ子のしょう来を 心配する
【時間】あるとき
【場所】ゆみ子の家
【登場人物】ゆみ子・ゆみ子のお母さん・ゆみ子のお父さん
【ないよう】ゆみ子のお母さんとお父さんは ゆみ子のしょう来を不安に思っていたよ。お父さんは きまって ゆみ子をめちゃくちゃに 高い高いしたよ。
お母さんは「なんてかわいそうな子でしょうね。一つだけちょうだいと言えば、なんでももらえると思っているのね。」と言ったね。
「一生けん命一つだけちょうだいと言っているけれど、ゆみ子がほしがる分だけ、食べ物がないことを知らないなんてかわいそう…」「本当はほしがるぶんだけ、あげたいのに」という気持ちだったんだね。
お父さんは、「この子は、一生、みんなちょうだい、山ほどちょうだいと言って、両手を出すことを知らずにすごすかもしれないね。」「一つだけのよろこびさ。」と言ったね。
「山ほどもらえるよろこびを知らないなんて、悲しい」「もっと深いよろこびを感じられる、人間らしい心を育ててあげたい」「本当は一つだけではなく、たくさんのよろこびや幸せを感じてもらいたい」という気持ちだったんだね。
深いためいきをついてという様子からも、こまっている気もちや やりきれない気持ちを 感じるね。
お父さんも「一つだけ」を「本当はもっとあげたいのに、一つしかない」という悲しい意味 で使っているね。
それからお父さんは「いや、よろこびなんて、一つだってもらえないかもしれないんだね。いったい、大きくなって、どんな子に育つだろう。」とも言ったね。
「よろこびなんて、一つだってもらえない」というのは、「戦争がいつまで続くかわからない」「お父さんもお母さんもゆみ子もいつ命を落とすかわからない」「食べ物だっていつまで配給されるのかわからない」「そんなくるしいじょうきょうで、これから先、ゆみ子がうれしいことをけい験することはあるのだろうか」と 不安に思っているんだね。
お父さんのセリフの前半は、「一つだけのよろこびしかしらない」ことを かわいそうに思っていたけれど、後半では「一つだけのよろこびも ないかもしれない」と より不安が大きくなっていることがわかるね。
「いったい、大きくなって、どんな子に育つだろう。」というセリフには、「ゆみ子が大きくなるまで、自分は生きていないかもしれない」という悲しさや不安も まじっている感じがするね。
そんなとき、お父さんは きまってゆみ子をめちゃくちゃに高い高いしたよ。
「めちゃくちゃに」ということは、お父さんのできる一番高いところまで、ゆみ子をもちあげているんだね。
なぜ お父さんが ゆみ子を めちゃくちゃに高い高いするのかというと、不安な気持ちをぬぐうように、少しでも明るいじょうきょうにしたかったんじゃないかな。
「不安はつきないけれど、せめて今はゆみ子によろこんでほしい」「せめて自分にできるせいいっぱいのことをして、ゆみ子を楽しませたい」という思いが、「めちゃくちゃに」高い高いをするという 行動にあらわれているんだね。
「きまって」という言葉からも、そんな場面がよくあって、不安に思うたびに お父さんは いつも高い高いをしていることが わかるね。
第三の場面 お父さんがゆみ子に一輪のコスモスをわたす
【時間】それからまもなく
【場所】遠い汽車の駅
【登場人物】ゆみ子・ゆみ子のお母さん・ゆみ子のお父さん
【ないよう】ゆみ子のお父さんは、一輪のコスモスを ゆみ子にわたして、戦争に向かっていったよ。
あまりじょうぶではないお父さんも、戦争に行かなければならない日がやって来たよ。
じょうぶではない人も 戦争に行く必要があるということは、それだけ兵隊の数が足りなくなってきているんだね。
てきに追いこまれているじょうきょう ということだね。
ゆみ子とお母さんは、遠い汽車の駅まで お父さんを送っていったよ。
お母さんのかばんには、包帯、お薬、配給のきっぷ、大事なお米で作ったおにぎり が入っていたね。
「包帯」「お薬」は、いつばくだんが落とされてけがをするかわからないから、持ち歩いているんだね。
ゆみ子も 頭に防空頭巾をかぶって、身を守っているね。
「配給のきっぷ」は、これがないと 食べ物がもらえない大事なものだから、なくさないようにかばんに入れていたのかもしれないね。今でいうお金やクレジットカードのイメージだね。
それから、おにぎりも入っていたね。
「大事なお米で作った」というのは、ふだんはお米が手に入らないから、いざという時のために大事にとっておいた、いつもなら食べることができない きちょうなお米ということだよね。
きっと お母さんが 「どうか無事でありますように」「最後かもしれないから、せめてお米を食べさせてあげたい」という気持ちで、戦争に行くお父さんのために 心をこめてにぎったおにぎりだよね。
ところが、ゆみ子は、そのおにぎりを「一つだけちょうだい」と言って、みんな食べてしまったよ。
なぜかというと、おにぎりが入っているのを知っていたから、食べたかったんだね。
おにぎりを「おじきり」と言っていることからも、まだまだ小さな子どもということが 読み取れるね。
そんな小さな子が、お父さんのための大事なおにぎりであることや、お父さんが戦争に行くことなんて、理かいできないよね。
なぜ お母さんが お父さんのための大事なおにぎりを ゆみ子にみんなあげてしまったかというと、戦争に行くお父さんに、ゆみ子の泣き顔を見せたくなかったからだね。
「お父さんと会えるのが最後かもしれない。どうかゆみ子の笑っている顔を焼きつけてほしい」という気持ちだったんだね。
駅では 人ごみの中から、ばんざいの声が聞こえたり、たえず勇ましい軍歌が聞こえたりしていたよ。
戦争に行く人たちを、おおぜいの人たちが せいだいに見送っていたんだね。
昔は戦争に行くのは、お国のためにかつやくするめでたいこと、めいよなこととされていたよ。戦争に反対することは、けっしてゆるされないことだったんだ。だから、ばんざいをしていたんだね。
反対に お父さんは ゆみ子とお母さんの他に見送る人がいなかったね。
そして、プラットホームのはしの方で、ゆみ子をだいて、小さくばんざいをしたり、歌を歌ったりしていたよ。
お父さんのばんざいや歌は、他の人たちとちがって、ゆみ子をあやしているようだね。
「まるで、戦争に行く人ではないかのように」という様子からも、ゆみ子たち家族は、最後までひっそりと三人の時間を 大事にしていたんだね。
お父さんは最後まで「ゆみ子と楽しくすごしたい」「自分がいなくなることが悲しくないように、ゆみ子と遊んであげたい」という気持ちだったんだね。
いよいよ汽車が入ってくるとき、ゆみ子の「一つだけちょうだい。」が始まったよ。
つまり、全部食べてしまったおにぎりを またほしがったんだね。
「いよいよ汽車が入ってくる」とあるから、お父さんが出発する直前のできごとだね。
お父さんは「みんなおやりよ、母さん。おにぎりをー。」と言ったよ。
「ゆみ子がよろこぶなら、自分の分はいらない」「ゆみ子に会える最後の時かもしれないから、せめておにぎりを全部あげたい」という気持ちだったんじゃないかな。
お母さんは「ええ、もう食べちゃったんですのー。ゆみちゃん、いいわねぇ。お父ちゃん、兵隊ちゃんになるんだって。ばんざあいってー。」と言ったよ。
この時、お母さんは、お父さんが戦争に行くことを、本当に「いいわねぇ」って思っていたのかな?
戦争に行ったら死んでしまうかもしれないし、もう会うことができないかもしれないから、きっと心の中では「いいわねぇ」とは 思っていないはずだよね。
それでもゆみ子の気持ちを おにぎりから別のことに気をそらせて、なんとか泣かせないようにしたくて、「いいわねぇ」「ばんざあい」と一生けん命あやしたんだね。
ゆみ子が泣き出すと、お父さんは、ぷいといなくなってしまったよ。
なぜいなくなってしまったのかというと、コスモスの花を見つけたからだね。
どんなコスモスかというと、「プラットホームのはしっぽの、ごみすて場のような所」にあって、「わすれられたように」さいていたコスモスだね。
お父さんが見つけたのは、大事に育てられていたわけではなく、ひどいかんきょうでも、自分の力で力強く生きているコスモスだったんだ。
コスモスの様子と、見送る人もなく、人ごみからはなれてひっそりとすごすゆみ子たち家族の様子は、なんとなくにているね。
「ぷいっといなくなってしまった」のは、おこっているわけではなく、お別れの時がせまっているから、急いでいたんじゃないかな。
「あわてて帰ってきた」という行動からも、もう時間がないことがわかるね。
お父さんは「ゆみ。さあ、一つだけあげよう。一つだけのお花、大事にするんだようー。」と言って、一輪のコスモスを ゆみ子に わたしたよ。
なぜお父さんは、わすれられたようにさいていたコスモスの花を ゆみ子にわたしたのかな?
それはきっと ひどいかんきょうでもたくましく美しくさいているコスモスのように、「戦争というつらい時代を生きていくゆみ子も、どうかたくましく生きのびてほしい」「たった一つのかけがえのない命を大事にしてほしい」という気持ちだったんじゃないかな。
お父さんは「一輪のコスモス」を たった一つしかない大事なゆみ子の命と重ね合わせて、「たった一つしかない大切な」「かけがえのない」という意味で、「一つだけのお花」と言ったんだね。
第二の場面で お父さんは「一つだけ」を「本当はもっとあげたいのに、一つしかない」という悲しい意味で使っていたけれど、第三の場面では「たった一つの大切な」という いい意味で 使っているね。
お父さんが コスモスをわたすときに まずはじめに「ゆみ。」と 呼びかけているから、「ゆみ子に伝えたい」「ゆみ子に聞いてほしい」と思っていることが 伝わってくるよ。
もう出発間近で、「ゆみ子に伝える最後の言葉だ」「きっともう会えないだろう」というしんけんな気持ちで ゆみ子に話しかけたんだね。
「大事にするんだようー。」の「―」からも、お父さんが心の底からゆみ子を思う気持ちが ひしひしと 伝わってくるね。
ゆみ子が よろこぶ様子を見て、お父さんはにっこりわらったね。
なぜにっこりわらったかというと「最後にわらった顔を見られてよかった」という気持ちもきっとあるよね。
それから、「食べ物でなくても、きれいな花を見てよろこんでくれてうれしい。人間らしい心を持っていてほっとする」という気持ちもあったんじゃないかな。
それに、ゆみ子がわらってくれたことで お父さんの気持ちが ゆみ子に伝わったような気もしたのかもしれないね。
そして、お父さんは何も言わずに、ゆみ子のにぎっている、一つの花を見つめながら、汽車に乗って行ってしまったよ。
「一つの花」とは、お父さんがわたした 一輪のコスモスの花のことだね。
題名の「一つの花」が、この場面で出てきたね!
なぜお父さんは ゆみ子ではなく、一つの花を見つめながら 戦争へ行ったのかな?
それはきっと コスモスの花に「どうか命を大事にたくましく生きてほしい」という願いを こめていたからだね。
「見つめながらー。」の「―」からも、お父さんの気持ちが ひしひしと伝わってくるね。
それに、「ゆみ子のにぎっている、一つの花を見つめながら、汽車に乗って行ってしまいました。」ではなく、「汽車に乗って行ってしまいました。ゆみ子のにぎっている、一つの花を見つめながらー。」と 文章の順番が ふつうとはぎゃくになっているところからも、「一つの花を見つめている」というお父さんの行動が より印しょう深く伝わってくるよね。
お父さんは何よりも「ゆみ子に力強く生きていってほしい」と願いながら、戦争へ向かったんだね。
第四の場面 コスモスの花でいっぱいに包まれた家で ゆみ子がお昼ごはんを作る
【時間】(第三の場面から)十年後
【場所】ゆみ子のとんとんぶきの小さな家
【登場人物】ゆみ子・ゆみ子のお母さん
【ないよう】ゆみ子の家はコスモスでいっぱいに包まれているよ。ゆみ子は、小さなお母さんになって、お昼を作るくらい 成長していたよ。
第四の場面は、第三の場面から十年後のお話だね。
もし、第三の場面のゆみ子の年齢が二さいだとしたら、第四の場面のゆみ子の年齢は十二さいだね。
ゆみ子は、お父さんの顔を覚えていないし、お父さんがあったことも知らないかもしれないんだ。
つまり、戦争に行ったお父さんとは、それから一度も会えていないんだね。
十年後のゆみ子は、とんとんぶきの小さな家に住んでいて、家はコスモスの花でいっぱいに包まれているよ。
「とんとんぶきの小さな家」とあるから、以前のゆみ子の家は戦争でなくなってしまったんじゃないかな。
「コスモスの花」とは、第三の場面で お父さんがゆみ子にくれた花だね。
お父さんがくれた一輪のコスモスが、十年後には、家を包むくらいにたくさん増えているんだね。
お父さんがゆみ子を思ってくれたコスモスだから、その花が家をいっぱいに包みこんでいるなんて、お父さんの愛じょうがゆみ子を守ってくれている感じがするね。
家の中からは、ミシンの音がたえず聞こえていたよ。
「あのお母さんでしょうか」とあるから、お母さんがさいほうをして、いそがしく働いているのかもしれないね。
コスモスの花がたくさんさいていたり、ばくだんの音ではなく、ミシンの音が聞こえたりするということから、戦争が終わったことがわかるね。
「何かお話をしているかのように」という様子からも、平和で楽しそうで、心地よい様子が感じられるね。
ゆみ子は「母さん、お肉とお魚とどっちがいいの。」と言ったよ。
そして、買い物かごをさげたゆみ子が、町の方へ行ったよ。
この日は、ゆみ子が小さなお母さんになって、お昼を作る日だったんだ。
第一の場面では、おいもや豆やかぼちゃしか食べることができなかったけれど、第四の場面では、お肉とお魚も食べられることがわかるね。
それに配給ではなく、自分で買い物をしたり、自分で食べるものを選んだりすることができているんだね。
「一つだけ」と言っていた戦争中とくらべると、ゆたかさや自由を感じられる時代になったことがわかるね。
戦争の終わった第四の場面では、「一つ」「一つだけ」という言葉は出てこないね!
「スキップをしながら」「コスモスのトンネルをくぐって」というゆみ子の様子からも、楽しそうな感じが伝わってくるね。
ばくだんにおびえることなく、自由にのびのびと生きることができているんだね。
「小さなお母さんになって、お昼を作る」という行動からは、戦争や食べ物がないことを理かいできず、「一つだけちょうだい。」と言っていたゆみ子が、
お母さんをたすける、やさしい心をもった子に育っていることがわかるね。
ということは、お父さんがコスモスの花にたくした「命を大事に、たくましく生きてほしい」という願いは たしかにかなっているね。
一輪のコスモスが、いっぱいのコスモスになっているところにも、お父さんの願いがかなったということを 表しているんじゃないかな。
戦争によって、ゆみ子たち家族は食べ物も少ししかなく、いつ死んでしまうかもわからず、お父さんとは会えなくなってしまったよね。
自由や平和はなく、一つだけのよろこびしかなかったし、一つだけのよろこびだってないのではないかと心配していたよね。
その一方で、お父さんやお母さんが ゆみ子を思う気持ちや家族のきずなは、戦争で苦しいときでも、たしかにあったよね。
そして、戦争が終わって、ゆみ子は お父さんの願いのとおりに たくましくやさしい子に育って、明るく生きているね。
作者はこの作品をとおして、わたしたちに、そんな戦争の悲さんさや平和の大切さ、そして平和や命をうばう戦争でもうばうことができない、たくましく生きる人間の強さや愛じょう、きずなを伝えたかったんじゃないかな。
「一つの花」場面分け
「一つの花」の場面分けと、それぞれの時間や場所、ないようをまとめているよ。
場面 | 場面のはじまり~おわり | 時間・場所 | ないよう |
---|---|---|---|
第一の場面 | 「一つだけちょうだい。」これが、ゆみ子のはっきり覚えた最初の言葉でした。~お母さんのこの口ぐせを覚えてしまったのです。 | 戦争がはげしかったころ | 食べ物が少ないなか、「一つだけちょうだい。」が口ぐせになったゆみ子 |
第二の場面 | 「なんてかわいそうな子でしょうね。」~きまってゆみ子をめちゃくちゃに高い高いするのでした。 | あるとき(戦争中) | ゆみ子のしょう来を不安に思うお父さんとお母さん |
第三の場面 | それからまもなく、~一つの花を見つめながらー。 | それからまもなく(戦争中)・遠い汽車の駅 | お父さんが、ゆみ子に一輪のコスモスをわたして戦争に行く |
第四の場面 | それから、十年の年月がすぎました。~お昼を作る日です。 | 十年後 (戦争後) | 平わにくらすゆみ子 |
戦争中と10年後の対比
戦争中と10年後では、ゆみ子やお父さん・お母さんのようす、くらしや食べ物のようす、町のようすはどのように変わったかな?
それぞれを比べてみよう。( )の中は、教科書のさし絵から考えられることや、お話には書かれていないけれど、そうぞうできることだよ。
戦争中 | 10年後 | |
---|---|---|
食べ物 | ・おまんじゅうだの、キャラメルだの、チョコレートだのはどこへ行ってもない ・おやつどころではない ・お米の代わりに、おいもや豆、かぼちゃしかない ・配給 ・お米が大事 | ・お肉もお魚も食べられる |
町のようす | ・毎日、てきの飛行機が飛んできて、ばくだんを落としていく ・次々にやかれて、はいになっていった | コスモスの花でいっぱい |
ゆみ子のようす | ・いつもおなかをすかせている ・「一つだけちょうだい」が口ぐせ ・小さいので、おにぎりを「おじぎり」と言う | ・お父さんの顔をおぼえていない ・お父さんがあったことも知らないかもしれない ・スキップをしている ・お昼を作れるくらい成長している |
お母さんのようす | ・自分の分から一つ、ゆみ子に分けてくれる ・「一つだけー。」が口ぐせ ・ゆみ子を「なんてかわいそうな子」と思っている ・ゆみ子をあやす | ・ミシンをつかっている(お仕事をしている?) |
お父さんのようす | ・ゆみ子のしょう来が不安 ・ゆみ子をめちゃくちゃに高い高いする ・あまりじょうぶでない ・おにぎりをぜんぶゆみ子にあげようとする ・一つの花を見つめる | お父さんはいない (戦争でなくなってしまった?) |
ふくそうや持ち物 | ・わた入れの防空頭巾をかぶっている ・かばんには、包帯、薬、配給のきっぷ ・兵たいのふく (イラストから) | ・買い物かご ・あかるい色のようふく (イラストから) |
「一つの花」という題名の意味
「一つだけのお花、大事にするんだよう———。」
そう言って、お父さんがゆみ子に一輪のコスモスの花をわたしてくれたね。
そして、お父さんはその花を見つめながら戦争に向かったね。
この一輪のコスモスは、「一つの花」という題名にもなっているね。
それだけ、このお話のなかで一輪のコスモスはだいじなポイントになっているんだ。
プラットホームでは、他にも戦争に行く人がいて、人ごみができていたね。
ばんざいの声がきこえたり、軍歌が聞こえたりしているね。
でも、ゆみ子とお母さん、お父さんには見送ってくれる人がいなくて、3人だけでプラットホームのはしの方にいたね。
これからお父さんは命をかけて戦争に行くのに、まるでだれにも気がついてもらえないみたいだよね。
戦争中は、国民は国のために命をかけることが当たり前に思われていたりしたんだ。
本当は、1人1人の命は他に代えることのできない大切な命なのに。
お父さんは、プラットホームのはしっぽの、ごみすて場のような所に、「わすれられたようにさいていたコスモス」を見つけた時に、まるでそのコスモスの花が「国からは、まるで使いすての道ぐのように あつかわれている自分たち」のように思えたのかもしれないね。
そして、ごみすて場のような所でも、いっしょうけんめいに力強くさいているコスモスの花を見て、「ゆみ子にも、この花のように強く生きてほしい」「たった一つの命を大切にしてほしい」と、ねがったんじゃないかな。
その一輪のコスモスの花をゆみ子にわたすことで、ゆみ子に「強く生きるんだよ」「たった一つの命を大切にするんだよ」というメッセージをつたえるのといっしょに、戦争に行ってしまう自分のかわりに、コスモスに「お母さんとゆみ子を守ってほしい」と思ったのかもしれない。
「一つの花」は、このお話のなかでは「たった一つの大切な命」であり、「強く生きること」であり、「お母さんとゆみ子を守るお父さんの代わり」なんだと考えることができるよ。
戦争が終わった10年後では、ゆみ子の家のまわりはコスモスでいっぱいになっているよね。
お父さんのねがいどおり、お母さんとゆみ子は平わになった町の中で、しあわせそうにくらしているね。
コスモスは、ずっとお父さんの代わりに お母さんとゆみ子を見守っていてくれたのかもしれないね。
「一つの花」言葉の意味調べ
「一つの花」に登場する言葉の意味をまとめたよ。
言葉 | 意味 |
---|---|
配給 | 今ではお金があれば自由に好きなものを好きなように買えるけれど、戦争をしている時は、食べ物などが少ししかなかったので、1人1人が手にいれることができる量が決まっていた。 きっぷをもとに、国民に配られたり、きっぷがないと買えなかったりしたよ。 |
知らず知らずのうちに | 気がつかないあいだに、いつのまにか |
口ぐせ | ついいつも言うようになってしまった言葉のくせ |
じょうぶ | けんこうで体が強いこと |
防空頭巾 | 戦争中、あたまなどを守るためにかぶる、わたが入った頭巾(頭にかぶる、ふくろの形の布) |
たえず | 止まることがなく |
勇ましい | おそれずに、むかっていくようす。ゆうかんなようす。 |
軍歌 | 軍たいの兵士の気持ちを高めるための歌。 |
プラットホーム | 電車にのりおりする場所。 |
いよいよ | とうとう・ついに。 |
あやす | 赤ちゃんや小さい子どもがゴキゲンになるようになだめること。 |
あるいは | または |
とんとんぶき | 「かわら」をおく前のじょうたいの「こけら板」だけのやね。こけら板をかさねてクギをうつときに、「トントン」と音がリズムよくするため、「とんとんぶき」とよばれる。 |
買い物かご | 買い物をするときに、おさいふや買ったものを入れるために持ち歩くかごのこと。 |
「一つの花」で習う新しい漢字
「一つの花」で新しくならう漢字の書き取りプリントを用意したよ。
たくさんなぞり書き練習をしてマスターしよう!
ここまで学習できたら、「一つの花」のテスト練習問題にチャレンジしよう!
「一つの花」の全文を確認しよう
「一つの花」の教科書の全文がかくにんできる動画を紹介するよ。
音読のさんこうにしよう!
運営者情報
ゆみねこ
詳しいプロフィールを見る
青山学院大学教育学科卒業。TOEIC795点。2児の母。2019年の長女の高校受験時、訳あって塾には行かずに自宅学習のみで挑戦することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。志望校の特待生クラストップ10位内で合格を果たす。