「足利義満の国書」の内容とは(勘合貿易・日明貿易)
室町幕府第3代将軍足利義満が中国の明と貿易をするために、皇帝へ送った国書の内容と、皇帝から足利義満への返事の内容をかんたんな言葉で解説しています。
足利義満が明の皇帝へ送った国書の内容
原文(もとのままの文)(善隣国宝記)
日本准三后 某、書を大明皇帝陛下に上る。
日本国開闢 以来、聘問を上邦に通ぜざること無し。
某、幸にも国鈞を秉り、海内に虞れ無し。
特に往古の規法に遵ひて、肥富をして祖阿に相副へしめ、好を通じて方物を献ず。
金千両、馬十匹、薄様千帖、扇百本、屏風三双、鎧一領、筒丸一領、劒十腰、刀一柄、硯筥一合、同文台一箇。
海島に漂寄の者の幾許人を捜尋し、これを還す。
某 誠惶誠恐 頓首々々謹言。
応永8(1401年)年5月13日
【用語の説明】
准三后・・太皇太后(先祖代々の天皇の皇后のこと)、皇太后(ひとつ前の天皇の皇后のこと)、皇后(今の天皇の皇后のこと)と同じ扱いをすること。
某・・自分のことを差す言葉で、目上の人に対して使う言葉。
大明皇帝陛下・・この時、明の皇帝だった2代皇帝「建文帝」のこと。
開闢・・「始まった」という意味
聘問・・礼物(お礼として差し上げる物)を持って訪問すること。
上邦・・中国のこと
国鈞・・国の政治のこと。
海内・・四海の内のこと。四海とは、天下のこと。つまり、日本国内の天下のこと。
肥富・・博多の商人のこと。
祖阿・・義満の側近(そばで仕えていた人のこと)
方物・・その地方ならではの土産のこと。
薄様・・薄くすいた、鳥の子紙のこと。
帖・・薄いものを数える時の単位。
筒丸・・胴丸のこと。胴丸とは、歩兵用の簡単な鎧のこと。
海島に漂寄・・ここでは、日本に中国(明)の人が漂流してたどり着いた場合のこと
幾許人・・若干名(少しの人数の)のこと
捜尋・・尋ねて探し出すこと
誠惶誠恐・・この上なくかしこまること。
頓首・・手紙の終わりに書いて、相手に敬意をあらわす言葉。
※善隣国宝記とは、瑞渓周鳳という僧が書いた日本の外交を記録したもの。
口語訳(今の言葉に直したもの)
日本では、天皇の皇后と同じような扱いの私が、建文帝さまに国書(手紙)をお送りします。
日本は国が始まってから今まで、あなたの国(中国)にお使いを送らなかったことはありませんでした。
私は、幸いにも(ラッキーなことに)政権(政治をする上での権力)をすべて握っています。日本国内のものは、誰でもが私のいう通りに動きます。
というわけで、古くからのルールにしたがって、肥富を祖阿に連れていかせて、親交を結ぶ(仲良くすること)ためにお土産を持っていかせます。
お土産の内容は、
1000両のお金、馬が10匹、薄様が1000帖、扇が100本、屏風が3双、鎧が1領、胴丸が1領、剣が10腰、刀が1柄、硯箱1合と、同じく文台1箇です。
さらに、明の方で、日本に漂流してたどりついた数人の方を探し出したので、送り届けますね。
私は、あなたに対してこの上なく恐れかしこまって、敬意を表して申し上げます。
ザックリいうと??
ザックリいうと
私(義満)は日本では皇后さまレベルの扱いだし、今や日本中は私のいう通り状態。
なので、(そんな力を持っている私なので)皇帝さまと仲良くなりたくてお使いにお土産を持っていかせます。
宜しくお願いします!
明の皇帝からの返事
原文(もとのままの文)(善隣国宝記)
朕 大位を嗣ぎてより四夷の君長朝献する者十百を以て計う。
苟も大儀に戻るに非ざれば皆例を以てこれを撫柔するを思う。
ここに なんじ日本国王源道義、心王室に存し、君を愛するの誠を懐き波濤を踰越し、使を遣して来朝し、・・・朕甚嘉す。
・・・今使者道彝一如を遣し、大統暦を班示し、正朔を奉ぜしめ、錦綺二十匹を賜う・・
建文4年(1402年)2月初6日
【用語の説明】
朕・・自分のことを差す言葉。
大位・・高い位のこと。
嗣ぐ・・位を継ぐこと。
四夷・・古代中国で、自分の国を中華というのに対して、中国のまわり4方向に住んでいた異民族のことを四夷と呼んだ。(ちなみに「四夷」は、相手をさげすんで言う呼び方)
君長・・君主(リーダー)のこと。
朝献・・お土産を持って挨拶をしに来ること。
苟も・・少なくとも
大儀・・大儀は「大変なこと、面倒なこと」だが、ここでは「大義」の人としての道理(正しい道)のこと。
戻る・・ここでは「そむく」という意味をもつ「もとる」として使われている
撫柔・・憐んで、心配してあげること。
なんじ・・相手のことを差す言葉。(「おまえ」のイメージ)
源道義・・皇帝から与えられた称号。室町幕府将軍が外交をする時の称号として使われた。
波濤・・大きな波。
踰越・・乗り越えること。
嘉す・・嬉しい、ということ。
道彝一如・・明から送られた使者の名前
大統暦・・中国で使われていた暦のひとつ。
正朔を奉ずる・・中国の暦法を守ることで、中国の臣下(属国)になること。
錦綺・・あやぎぬ。あや織の絹。つまり織物。
賜う・・目上の人が目下のものにものを与えること。
口語訳(今の言葉に直したもの)
私が即位してから、たくさんの周辺諸国の長たちが朝献してきた。
人としての道を外していなければ、そのすべてを礼をもって対応しようと思う。
今、日本国王の源道義(義満)が、明の王室への敬意と君主への忠誠をもって海を渡り、使いを送ってきた。
・・・私はとても嬉しい。
・・・お返しに、明からは道彝一如を使いとして送り、日本を明の臣下として、大統暦や織物を与える。
ザックリいうと?
ザックリいうと
ワシが即位してから、周りの国のトップがどんどんお土産をもって挨拶に来てる。
まぁ、変な事するヤツじゃなければ、みんなちゃんと対応してやった。
今も、日本国王の義満が、明に忠誠を誓ってはるばる海を渡ってお使いを送ってきたワケだ。
嬉しいことだね。
お返しに、中国の暦法と、織物をやろう。
そして日本を明の臣下として認めてやるぞ。
結構な上から目線・・
この頃の中国は大国だったからね。
でも、この「日本が中国の属国になった」ということが、朝廷の人々から反発を受けたんだよ。
このことで、義満に対して良く思わない人々もいたとのことだよ。
足利義満はどんな人?
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ゆみねこ
詳しいプロフィールを見る
青山学院大学教育学科卒業。TOEIC795点。2児の母。2019年の長女の高校受験時、訳あって塾には行かずに自宅学習のみで挑戦することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。志望校の特待生クラストップ10位内で合格を果たす。
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すごくわかりやすいですT_T!!
サイコーでした