社会6

歴史を漫画で学習しよう!小学生にもわかりやすい「平安時代・国風文化」シンプルな説明と漫画でサクッと読める!

平安時代へいあんじだいに生まれた国風文化こくふうぶんかってどんな文化なのか?どうして生まれたのか?それによって何が変わったのか?

yumineko
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このページでは、平安時代に生まれた文化「国風文化こくふうぶんか」について解説するよ!

平安時代ってどんな時代か分からなかったら、まずココを読もう!

国風文化ってなに?

「日本っぽい」とか「フランスっぽい」とか伝えたいときって、なんて言う?

うーん・・
あっ「日本風にほんふう」とか「フランスふう」?
くまごろう
くまごろう
そうだね。
つまり、「国風こくふう」というのは「(自分たちのくにふう」、つまり自分たちの国っぽいということだね。
自分たちの国は「日本」だから、つまり「日本っぽい」とか「日本ならでは」というイメージかな。

ということは、国風文化こくふうぶんかというのは、「日本ならではの文化」ということだね。

今まではどうだったの?

平安時代になってやっと「日本っぽい」って・・
あれ?それまではどうだったっけ?

飛鳥時代あすかじだい奈良時代ならじだいを思い出してみよう。
聖徳太子しょうとくたいしは、ずいにお使いを送って、中国の文化やルール作りを学んで、取り入れたよね。
聖武天皇しょうむてんのうも、とうの文化をみならって、仏教を日本で広めたり、外国の品物しなものを集めたりしていたよね。

くまごろう
くまごろう
このように、今までは中国などの「大陸たいりく」から文化を取り入れていたんだ。

国風文化のきっかけ①
貴族「なんだかきてきたなぁ」

平安時代になって、藤原氏ふじわらしのように貴族きぞくが力をどんどんつけてきたよね。

くまごろう
くまごろう
貴族が力をつけてきたって?ピンとこない時はココを読んでね。

貴族たちは、荘園しょうえん(自分たちの土地)を沢山たくさん持っていて、余裕よゆうのある暮らしだったから、「優雅ゆうがはなやかな生活」をするようになったんだ。そんな中で、今までのような「大陸たいりくを参考にした文化」にはきたなぁ、という雰囲気ふんいきになってきたんだよ。

こうやって、

今までの大陸から学んだ文化

日本の風土ふうど気候きこうや土地)に合った文化

     =
「日本オリジナルの文化」が新しく生まれて行ったんだ。

 

国風文化のきっかけ②
遣唐使けんとうしもうやめようよ」

平安時代へいあんじだい、中国のとうはというと、唐の中で争いが起こって、どんどん国の力自体がなくなってしまっていったんだ。
今までは「大国の唐のことを勉強しになんとしても行かなきゃ!」と遣唐使を派遣はけんしていたけど、あまり無理をしてまで行く必要がなくなってきたんだ。

遣唐使なんてカンタンに言っても、実際この時代に日本から唐まで船で行くことはとってもとっても大変だったんだよ。
途中で遭難そうなんしたり、あらしに巻き込まれたり、病気になってしまったり・・
241人で出発したのに、生き残って帰ってこれたのは5人だけなんて時もあったんだよ。

そこまでしていく必要がないところなのに、さらに命の危険があるとしたら、「行くのやめよう」ってなるよね。

こうして894年菅原すがわらの道真みちざね朝廷ちょうてい「もう遣唐使けんとうしはやめましょう」説得せっとくしたことで、それ以降いこう 遣唐使が派遣されることはなくなったんだ。菅原道真が遣唐使を廃止するよう朝廷へ進言した様子のイラスト

どうして菅原すがわらの道真みちざねが?
くまごろう
くまごろう
菅原道真は894年に「遣唐大使けんとうたいし」に任命にんめいやくまかされること)されたんだ。
でも、上のセリフのように「遣唐使なんてやめよう!」というハナシになって、結局遣唐使は「一旦いったんストップ」になったんだ。
そんなことしているうちに、907年には唐がほろびてしまったので、結局、遣唐使は「廃止はいし(もうやめること)」ということになったんだよ。
なるほど。遣唐大使けんとうたいしとして唐に行くよう命令されて、「遣唐使はやめたほうが・・」と説得したワケなんだね。
・・・
もしかして行きたくなかったのかな(苦笑)
くまごろう
くまごろう
命がけのことなんだから、無理もないよね。

遣唐使が廃止はいしされて、「大陸からの文化」が入ってこなくなって、なおさら「日本独自どくじ(オリジナル)の文化」が発展したんだね。

国風文化こくふうぶんかってどんな文化なの?

家の形が日本オリジナルになった!(寝殿造しんでんづくり

優雅ゆうがな暮らしが好きだった貴族きぞく達の間で、寝殿造しんでんづくり」という家のデザインが流行はやったんだ。

くまごろう
くまごろう
今までの「中国の文化を参考にした建物たてもの」との違いはカンタンに次のとおり。
  • 土間どま(家の中で、地面のままのところ)ではなく、床を高くった
  • 屋根が「かわら」から「ひのきかわ」になった
  • はしらなどの木の部分は、「赤くる」のではなく「木の色のまま」になった
  • 家の中に入るときはクツをぐようになった
  • ベッドではなくたたみの上に寝るようになった
  • 椅子いすではなく床に座るようになった
  • 壁などで囲まれたデザインをやめて、開放的かいほうてきなデザインにした
  • 個室デザインから大部屋おおべやのデザインになった
クツを脱ぐとか、畳の上で寝たり座ったりとか、今でも同じだよね。
日本らしい「家のデザイン」ってこの「国風文化」のおかげで出来ていったんだね。

「かな文字」が発明された!!

日本には最初、「文字もじ」がなかったよね。

うん。
だから邪馬台国やまたいこくのこととか、中国の本を参考にするしかなかったんだよね。
くまごろう
くまごろう
今は漢字はもちろん、カタカナも、ひらがなも使うようになったよね。
どうやってこれらが使われるようになったか順番に説明するよ

①中国から漢字が伝わった

4世紀ごろになると、中国から漢字が伝わって、日本でも漢字が使われるようになったよ。
古墳時代こふんじだい遺跡いせきから見つかった鉄剣てっけんには「ワカタケル大王おおきみ」の名前が漢字でられていたよね。

②漢字の文章ぶんしょうにちょっと工夫をしてみた

でも、漢字は中国の文字なだけあって、「文章ぶんしょう」になると中国の文法ぶんぽうと日本の文法は違うから、そのままだと意味がよく分からない。
なので、漢文かんぶん(漢字でかかれた文章)の時には漢字と漢字の間に意味がつうじるようになる字を足してみたり、「この漢字と漢字はひっくり返すよ」なんて記号をつけ加えたりして工夫したんだ。(この工夫して読むやり方は、キミも中学の国語で習うようになるよ!)

③漢字の「音」でて字をしてみた

記号で工夫してみたりしたけど、人の名前とか場所の名前を書く時には、さすがに「順番を入れ替える」とかいう問題ではなくて困ってしまった。

くまごろう
くまごろう
例えばさっきの「ワカタケル大王おおきみ」だけど、ワカタケル大王とは「幼武天皇わかたけてんのう」のことなんだ。

でも、鉄剣には「護加多支鹵大王」という漢字が彫られているね。

本当は「わかい=わかい」「たける=武」という意味の名前なのに、鉄剣にそのまま「幼武」と彫ってしまうと「ヨウム」とか「ヨウブ」とか読まれるかもしれないよね。※まだ「訓読くんよみ」という考え方はないからね。

そこで、「ワ」と読む「護」、「カ」と読む「加」、「タ」と読む「多」、「ケ」と読む「支」、そして「ル」と読む「鹵」を当て字にして「護加多支鹵ワカタケル」と掘ったんだね。

こうすることで、どんな日本の言葉でも、とにかくて字にして表せるようになったんだ。

④ちょっと省略しょうりゃくしてみた
(カタカナ誕生!)

とにかく当て字で表せるようになったのはいいんだけど、ひと文字ひと文字当て字にしていると、すごい量の漢字になっていくよね。

「ワカタケル大王」だって
「護加多支鹵大王」って毎回書いてたらすごく大変そう。

とくに、この頃の「お坊さんの見習みならい学生達」がおきょうの勉強をするときに、「お経の読み方」をメモしていたんだけど、お経の本の余ったスペースにメモをするには「小さい文字しか書けない」し、「早く書かなきゃいけない」必要があったんだ。
そんな時、ひと文字ひと文字漢字を書いていたら大変だよね。

お坊さんがお経の余白にお経の読み方をメモしようとしているイラスト。カタカナが生まれたきっかけ

なので、「とりあえず漢字の一部分だけでも省略しょうりゃくして書いちゃえ!!
となったんだね。

多という字は「タ」だけにしたり、「加」も「カ」だけにしたり・・
こうやって出来たのが「カタカナ」だよ。

カタカナが漢字のへんやつくりから作られていることを説明するイラスト
くまごろう
くまごろう
カタカナは、漢字で書くと片仮名かたかななんだ。
かた」は不完全ふかんぜんという意味なんだよ。
仮名かな」はどういう意味??
くまごろう
くまごろう
もともとの中国で使われている漢字を「真名まな」と呼ぶんだけど、それに対して、漢字をもとにして日本でオリジナルに作られていった文字のことを「仮名かな」と呼ぶんだよ。

漢字をもとに作られた日本オリジナルの文字(仮名かな)で、省略されて書かれる(片=不完全)から「片仮名かたかな」なんだね。

⑤漢字を「くずしてみた」!
(ひらがな誕生!)

ひらがなも、カタカナと同じころに使われるようになってきたよ。
カタカナが「漢字の一部を省略しょうりゃくしてみた」のに比べて、ひらがなは「漢字の形をくずしてみた」んだ。

「くずす?」
くまごろう
くまごろう
ちょっと乱暴らんぼうな言い方だけど、「キッチリ書かないで、テキトーに書いた」というイメージだよ。
ひらがなが漢字をくずして作られたことを説明するイラスト

「安」という漢字をくずして書くと「あ」になるよ。
「以」をくずすと「い」だね。
ひらがなは「平仮名ひらがな」と書くよね。「平」は「カンタン」という意味だよ。
「以」よりも「い」の方が書くのはカンタンだよね。

くまごろう
くまごろう
「かな文字」というのは漢字で書くと「仮名文字かなもじ」なんだ。
こうやってオリジナルに作った「仮名」の文字である「カタカナ」と「ひらがな」のことなんだよ。

物語や和歌などすぐれた文学作品が生まれた!

かな文字が発明はつめいされたことで、漢字だけだった頃よりも自由に文章が書けるようになったんだ。
日本の言葉をそのまま表せるし、カンタンに書けるしね。

特に、「ひらがな」のおかげですぐれた文学作品がたくさん生まれたよ。

どうして「ひらがな」のおかげなの?

ひらがなは、「くずして」作られたから、なんと文字同士もじどうしをつなげて書く」なんてこともできたんだ。

さて、ここで問題。

くまごろう
くまごろう
「にわにはにわにわとりがいる」
この意味は分かる?

結構有名なクイズだから分かるかな?
「庭には2羽ニワトリがいる」という意味だね。

「にわには、にわ、にわとりがいる」だったらもう少し分かるよね。
でも「、」とか「。」の句読点くとうてんは、明治時代めいじじだいに日本で使われるようになったんだ。
つまり平安時代へいあんじだいにはまだ無かった

日本語は英語とかと違って、言葉ごとにスペースをあけたりもしないよね。
だから、句読点がなくて全部ひらがなだったりカタカナだと「どこで区切っていいか分からない」んだ。

ここでポイントになるのが「ひらがなは文字をつなげられる」こと。
「単語ごと」や、「区切りたい言葉ごと」につなげて書けば、「区切る場所」が分かるんだ。
「区切る場所がわかる」ということは、「長ーい文章でも読みやすい」ということ!

ひらがなのおかげで、長い文章でもわかりやすく書くことができるようになったから、この頃に紫式部むらさきしきぶの「源氏物語げんじものがたり」や清少納言せいしょうなごんの「枕草子まくらのそうし」などが生まれたんだよ。

yumineko
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清少納言について、詳しく解説しているページもあるので、見てみてね。

日本がテーマの絵が登場!

絵画でも、「日本オリジナル」が生まれたよ。
それまでは、中国の「とう」から伝わった「唐絵からえ」や、唐絵を参考に日本人が描いた中国風の絵が一般的だったんだ。

でも、遣唐使けんとうし廃止はいしされて中国の文化が新しく入って来なくなった平安時代には、「日本の風景や暮らし」をテーマにした日本らしい絵が描かれるようになったよ。
「唐絵」に対して、「大和絵やまとえと呼ばれるよ。

平安時代には「源氏物語げんじものがたり」などの文学作品も生まれたよね。
この「源氏物語」の内容を表す絵を巻物にした「絵巻物えまきもの」なんかも作られたよ。

6年生はココを抑えればOK!
「国風文化」まとめ

国風文化まとめ
  • 国風文化とは、「日本らしい」文化のこと
  • 家の新しいデザイン「寝殿造しんでんづくり」が登場した
  • 漢字をもとにしたオリジナル文字「カタカナ」と「ひらがな」が登場した
  • カタカナやひらがなを合わせて「かな文字」という。
  • かな文字のおかげで、優れた文学作品が作られる
  • 紫式部むらさきしきぶが「源氏物語げんじものがたり」を書く
  • 清少納言せいしょうなごんが「枕草子まくらのそうし」を書く
  • 日本をテーマにした「大和絵やまとえ」が描かれるようになる
ABOUT ME
yumineko
2児の母。2019年の長女の高校受験時、訳あって塾には行かずに自宅学習のみで挑戦することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。 志望校にトップ10位内で合格を果たす。 勉強をみるにあたって感じたのは、教科書の説明には子供には分かりづらい部分が多く、子供にイメージしやすく噛み砕いて説明するのがとても有効だということ。 同じように教科書の内容が分かりづらいと感じている子供たちの ヒントになれば、との思いで「教科書を分かりやすく通訳するサイト」創設。

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