社会6

歴史を漫画で学習しよう!「奈良時代(後編)」シンプルな漫画と説明でサクッと読める!

奈良時代の前半では、天皇中心の国を作るために都が作られたね。
そのために農民の人々は色々な負担をおうことになって苦しい生活をしていた。

都って何?とピンと来なかったらココを読もう!

奈良時代後半では、聖武天皇が大仏を作ったのは有名だね。

くまごろう
くまごろう
聖武天皇(しょうむてんのう)は、724年に天皇になった人物だよ。

でも聖武天皇がナゼ大仏を作ることになったのか?ナゼ作ることができたのか

このページでは聖武天皇が大仏を作ることになるまでの流れと、そして平安時代へとどう繋がっていくのかを解説するよ!

藤原氏がどんどん出世する

大化の改新で大活躍した中臣鎌足は、中大兄皇子(天智天皇)から「藤原」という姓をもらって「藤原鎌足」になっていたよね。

藤原鎌足の息子「藤原不比等(ふじわらのふひと)」はお父さんがスゴかったということで、その後の朝廷でも重要ポストについたんだ。
そして、自分の娘たちを次々に天皇のお嫁さんにしてさらに力をつけていったよ。

蘇我氏と同じやり方だね。

「聖武天皇(しょうむてんのう)」のお妃ももちろん藤原不比等の娘。
この頃には藤原氏の力はかなり絶大だったよ。

伝染病・災害
飢饉と反乱でボロボロ

疫病が流行る

ところがそんな中、735年ごろに州地方で疫病(えきびょう:病気の流行のこと) が出たんだ。
※流行ったのは「天然痘(てんねんとう)」という病気だったと言われているよ。

病気はどんどん広がって、都でも皇族や貴族の間でも沢山人が死んでしまったよ。

くまごろう
くまごろう
遣隋使など、大陸との交流があったから、病気が入ってきたんではないかと考えられているよ。
日本にはまだ無かった病気だと、抗体が無いから大流行してしまうんだ。

現在でも、日本にまだない病気が海外から入っきた時は大ニュースになるでしょ。とても怖いんだよ。

藤原氏も疫病のギセイに

この疫病で、なんと藤原氏のなかでもトップに君臨していた4人兄弟が全員死んでしまったんだ。
これがキッカケで、藤原氏の力は少し弱まってしまうんだ。

吉備真備と僧玄昉が聖武天皇のお気に入りに→貴族の反感を買う

聖武天皇は、積極的に中国の唐の文化を学ぼうとする人だったんだ。
それで、唐で勉強をしてきた人達を朝廷の重要ポストにつけようとしたよ。

藤原氏が反乱を起こす

それが気に入らなかったのが藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)。
なんと天皇に反乱(はむかうこと)を起こしたんだ。

くまごろう
くまごろう
藤原広嗣は結局捕まって死刑になっちゃったんだけどね。
疫病にくわえて反乱まで起きてしまって、聖武天皇もさすがにショックを受けたよ。
そのせいか聖武天皇は平城京を出て、5年間くらい色んなところに都を移して、転々とさまよったりしていたんだって。

農民も疫病や災害・飢饉に苦しむ

疫病は都にかぎらず、もちろん農民の間でも流行ったよ。

くまごろう
くまごろう
農民はもともと食生活も貧しかったし、生活環境が良くないよね。病気が流行って、それこそもっと沢山の人が死んでしまったんだ。

さらに病気だけでなく、地震も起きたり、悪天候が続いて米が全然獲れなかったりして大飢饉(食べ物がなくてみんな餓死してしまうこと)も起こった

たろう
たろう
呪われてるんじゃないかってレベルだね
くまごろう
くまごろう
そう、聖武天皇もそう思ったんだろうね。
そこで「大仏作り」に繋がるんだよ。

国分寺・大仏作りが行われる

仏の力を借りよう!

病気に災害、飢饉が重なって、ただでさえ税で苦しい思いをしていた農民たちの間にも不満が広がった。
聖武天皇も立て続けの不幸に、すっかり困り果てていた。

この混乱を乗り越えるために、仏教の力を借りようと考えたよ。
仏様が世の中の混乱から救ってくれると信じていたんだね。

くまごろう
くまごろう
仏教を広めることで、人々の心をひとつにする狙いもあったよ。

国分寺・国分尼寺を全国に建てる

741年、聖武天皇は全国にお寺を建てたんだ。

国分寺(こくぶんじ)と国分尼寺(こくぶんにじ)ってどう違うの?
くまごろう
くまごろう
男性の僧が守るお寺が「国分寺」、女性の尼(あま)が守るお寺が「国分尼寺」だよ。

国分寺はそれぞれの国の「いちばんよい場所」に建てられて、その数は60ヶ所にもなるんだ。

聖武天皇はよっぽど仏様の力でなんとかしたいと考えていたんだね。

そうだ、大仏を作ろう!

国分寺だけではまだ足りないと考えたのかな?
745年、唐と同じように大きな仏像も作ることにしたんだ。

大仏作りを決意した聖武天皇の詔(みことのり)が記録に残っているよ。
詔とは、命令のこと。

「仏教を盛んにし、人々を救うために、金銅の大仏をつくることを決意した。
国中の銅を使って大仏をつくり、山を崩して大仏殿を建てる。
そうすることで、人々とともに、仏のめぐみを受けたいと願う。」

大仏さまをおさめるお寺も必要だよね。
それが「東大寺(とうだいじ)」だよ。

大仏作りに必要なものは?

必要なもの1「作り方の知識」

大仏作りでまず必要になるのは、大仏の作り方の知識だよね。

ここでまた活躍するのが「渡来人」だよ。何度か登場してるからもう覚えたかな?

中国や朝鮮かららやってきた渡来人なら、大仏の作り方もお手の物。
聖武天皇は、そんな渡来人の子孫に人々を指導してもらったよ。

必要なもの2「材料」

大仏がとても大きいのは有名だよね。
聖武天皇の作った「東大寺の大仏」はなんと金銅製の大仏では世界一なんだ!
高さは15メートルもあるよ。

ということは、材料もとんでもないことになるよね。
ここでポイントになったのが「大和朝廷が九州から関東まで統一していた」ということと、「天皇中心の国づくり」が進んでいたこと。

くまごろう
くまごろう
すでに「租庸調」のように、税を全国から集めることができるくらい天皇の力は大きかったよね。
だから、全国から十分な材料を集めることもできたんだよ。

銅は約499トン、働いた人は260万人!!
これだけのものや人を動かすことができるくらい、天皇の力は大きかったんだね。

人気者の力も借りた

くまごろう
くまごろう
ちなみに、大仏作りのために人を集める時に協力した人がいるよ。

このころ、「行基(ぎょうき)」という僧(仏教の道を修行している人)がいたんだ。
この行基がとってもいい人で、仏教を広めながら、困っている人たちのために壊れた橋を直したり、道路を作ったりという活動をしていたんだ。
だから人々からとっても人気があった。

聖武天皇は、この行基に大仏作りを手伝ってくれるようにお願いしたよ。
人気者の行基が人々に声をかければ、たくさんの人が集まるからね。

大仏づくりの影響

大仏はとうとう752年に完成。
なんと9年もかかったんだね。

さて、大仏ができて、人々は救われたのかな??

残念だけれど、そんな上手いことにはならなかったよ。
それどころか、国分寺作りや大仏作りで、人々はさらに重労働を強制されてますます生活が苦しくなってしまったんだ。

たろう
たろう
当たり前だよね。
もし今、日本で恐ろしい病気が流行ったり、大地震が起きて大変な時に、政府が「大仏を建てるから国民は働きなさい」とか、お金を沢山使ってしまったら頭にきちゃうよ。
くまごろう
くまごろう
そうだね。
でも、この時代では「科学的根拠」なんて考えもまだないから、「神」とか「仏」の力は今以上に信じられていたんだよね。

こうして生活に困った人々は、とうとう各自与えられていた土地を捨てて逃げ出したりするようになってしまったよ。

このことが、この後の平安時代での変化に関係してくるんだ。

yumineko
yumineko
聖武天皇と関係が深い「正倉院」と、この頃に日本にやってきた中国の僧「鑑真」のことをまとめた番外編があるよ。チェックしてみてね。
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この時代の流れをざっくり言うと?

・聖武天皇が天皇になる

・大化の改新で活躍した中臣鎌足の子孫「藤原氏」がどんどん力をつける

・疫病がはやり、都の人々や農民も沢山亡くなってしまう

・藤原氏の中でも有力だった四人兄弟も疫病で亡くなってしまい、藤原氏の力が弱まる

・唐の文化を学ぶことに積極的だった聖武天皇が、唐で勉強してきた人達を政治の重要ポストにつけるように

・藤原氏の勢力を取り戻したい藤原氏が反乱を起こす

・疫病・災害・飢饉・反乱で聖武天皇はガックリ。世の中の混乱をおさめようと大仏作りを決意

6年生はココを抑えればOK!
まとめ

年号をチェック!

724年 聖武天皇が天皇になる
735年ごろ 疫病や飢饉がおこる
740年 貴族の反乱がおこる
741年 国分寺・国分尼寺を建てる詔(みことのり)が出る
743年 大仏づくりの詔が出る
752年 東大寺の大仏が完成する
756年 聖武天皇がなくなる

奈良時代後編まとめ

※赤いキーワードは必ず覚えよう!
・藤原氏が力をつける
・疫病、反乱、飢饉、災害で世の中が混乱状態
聖武天皇仏教の力で混乱をおさめようとする
・全国に国分寺を建てる
・都に東大寺を建て、大仏を作る
・大仏作りでは渡来人の子孫が活躍
・大仏作りでは全国から材料が集められるほど天皇の力は大きかった
行基が大仏作りに協力する
・大仏作りはかえって人々を苦しめてしまった

yumineko
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次は「平安時代」について解説するよ!
歴史を漫画で学習しよう!「平安時代」シンプルな漫画と説明でサクッと読める! 奈良時代後半には、病気や災害がおこって大変だったよね。 聖武天皇が仏の力でなんとかしようとしたけど、大仏をつくったことで人々の生活...

 

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yumineko
2019年の長女の高校受験時、訳あって塾にはいかず自宅学習することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。 志望校にトップ10位内で合格を果たす。 勉強をみるにあたって感じたのは、教科書の説明には子供には分かりづらい部分が多く、子供にイメージしやすく噛み砕いて説明するのがとても有効だということ。 同じように教科書の内容が分かりづらいと感じている子供たちの ヒントになれば、との思いで「教科書を分かりやすく通訳するサイト」創設。

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