中学3年国語「挨拶ー原爆の写真によせて」テスト対策ポイントと要点をわかりやすく解説

中学3年国語で学ぶ「挨拶ー原爆の写真によせて」について、テストで必要になるポイントを解説するよ。

中学3年国語
「挨拶ー原爆の写真によせて」

目次【本記事の内容】

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「挨拶」基本情報

「挨拶」基本情報

作者:石垣りん
書かれた年:昭和27年(原爆投下の7年後)
詩の形式:口語自由詩こうごじゆうし
構成:七連
使われている表現技法:擬人法・体言止め・対句・倒置法(省略ともとれる)
詩の主題:広島の原爆によって起きた悲劇を忘れず、同じようなあやまちを二度と起こしてはならない。

石垣りんさんについて

石垣りんさんは、1920年生まれ。
第二次世界大戦を経験しているよ。

石垣りんさんは東京に住んでいたので、原爆は経験していないけれど、空襲で家を全焼したり、家族がバラバラになってしまったりしているんだ。

そして、なんとこの「挨拶」は1952年(昭和27年)に書かれた詩なんだ。
つまり、原爆投下から7年後のもの

「戦争による悲劇を忘れてはいないか」
「今でも原爆がたくさん存在していることに危機感を持たなくてはいけない」
「二度と戦争を起こさないようにしなくてはならない」

これらは、全て現代でも通じることだね。
それどころか、石垣りんさんは、何十年後、何百年後の世界を見越して「人類が忘れてはならないこと」としてこの詩を書いたのかもしれないとさえ思えるるね。

詩の形式とは?

詩の「形式」というのは、つまり「どんなきまりで詩が書かれているか?」ということ。

この「きまり」は、次の2つで分かれるんだ。

①使う言葉
②文字数のきまりがあるかないか

①使う言葉で分ける

詩で使われている言葉が、「今の日本で普通に使われている話し言葉」なのか、それとも「昔の書き言葉」なのかで分けるよ。

「今の日本で普通に使われているような話し言葉」のことを「口語こうご」といって、「昔使われていた書き言葉」のことを「文語ぶんご」というんだ。

文語と口語の違いと見分け方についてのイラスト

「挨拶」で使われている言葉は、今の話し言葉と同じだね。
ということは、「口語」ということだね。
②文字数のきまりがあるかないか

詩には、「○文字で書く(きまりがある)」とか、「文字の数は気にしないで自由に書く(きまりがない)」というように、きまりの違いや、あるなしによって「形式」が分かれるんだ。

「○文字で書く(きまりがある)」詩を、「定型詩ていけいし」と呼ぶ よ。
「型(文字数)が定まっている(きまりがある)」から定型詩だね。

くまごろう
「挨拶」の詩には、文字数のきまりはありそうかな?
うーん。
どの連も、とくに文字数にきまりはなくて、バラバラだね。
くまごろう
そうだね。
文字の数に、一定のきまりがないので、「挨拶」は「自由詩」 だよ。

さらに、使われている言葉は「口語」だったよね。

だから、「挨拶」の詩の形式は「口語自由詩こうごじゆうし ということ。

テスト対策ポイント①
言葉の意味を確認しよう

くまごろう
テストでは、使われている言葉の意味を聞かれることもあるので、しっかり確認しておこう。

「戦火の跡」とは

「戦火」とは、戦争によって起こる火災のこと。「戦争」そのものを意味することもあるよ。
戦争が起こっている範囲が広がることを「戦火が広がる」とか、戦争が起きている場から逃げることを「戦火を逃れる」とも言うんだ。

この詩での「戦火の跡」は、「戦争があったことがわかるしるし・・・」ということ。

「とどめぬ」とは

「とどめぬ」は、つまり「とどめない」ということ。

もとのかたちのまま、あとに残さない、ということだよ。

「すこやか」とは

「すこやか(健やか)」とは、健康なこと。

「りつぜん」とは

「りつぜん(慄然)」とは、恐ろしくてぞっとすること。

「きわどい」とは

「きわどい(際どい)」とは、スレスレであぶないこと。

「見きわめる」とは

「見きわめる(見極める)」とは、十分に確認すること。

「えり分ける」とは

「えり分ける(選り分ける)」とは、多くの中から善悪や適否を見て、区別すること。

「油断」とは

「油断」とは、大したことないと、気をゆるすこと。注意が足りないこと。

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テスト対策ポイント②
詩の内容を確認しよう

くまごろう
「挨拶」の詩で書かれている内容は、あまりハッキリと書かれていないものが多いよ。書かれている言葉が、どんな意味を持っているのかなど、ひとつひとつ確認をしよう。

「焼けただれた顔」とは

「焼けただれる」とは、焼けて、皮膚や肉が破れてくずれてしまっている状態のこと。

原爆が落とされると、爆発によって数十万から数百万度の火の玉ができるんだ。それによって、爆心地の近くの温度は3000〜4000度にまでなったんだ。

詩に書かれている「焼けただれた顔」は、一九四五年八月六日に広島にいて、原爆の被害にあった人の顔のことだね。

「一九四五年八月六日」とは

1945年8月6日は、第二次世界大戦中、アメリカ軍によって広島に原爆が落とされた日だね。

「二五万の焼けただれのひとつ」とは

二五万という言葉は、詩の後半でも出てきているね。
「一九四五年八月六日の朝 一瞬にして死んだ二五万人の人すべて」とあるように、これは広島への原爆投下によって、一瞬にして死んでしまった人の数のこと。

「二五万の焼けただれのひとつ」とは、その「一瞬で死んでしまった二五万人のうちの一人」のことなんだ。

「友」とは

「とはいえ 友よ」と、詩の中で語りかけられているのは誰だろう?

これは、この詩を読む人に対して石垣りんさんが投げかけている言葉なんだ。

つまり、ここでの「友」とは、石垣りんさんがこの詩を作ったときに、まわりにいた人でもあるし、今、生きてこの詩を読んでいる人すべての人に対して使われている言葉なんだ。

「向き合った互いの顔」

「向き合った互いの顔」とは、誰と誰の顔のことだろう?

「友」は、この詩を読んでいるすべての人のことだったね。

「向き合った互いの顔」は、その「詩を読んだ人」と、その人の友や、まわりにいる人のことを言っていると考えられるよ。

「戦火の跡もとどめぬ すこやかな今日の顔・・・」

「戦火の跡もとどめぬ」は、「戦争があったことが分かるようなしるし・・・が残っていない」ということだね。

向き合った互いの顔が、「すこやか」で「すがすがしい」ので、戦争があったことが全くわからないような顔である、と言いたいんだね。

「その顔の中に明日の表情を探すとき・・りつぜんとするのだ」

「その顔の中に明日の表情を探す時」とは、どういうことだろう?

向き合った互いの顔は、「すこやかな今日の顔」で、「すがすがしい朝の顔」なんだよね。
その顔を見て、「明日はどんな顔をしているだろう。」と思うことを「明日の表情を探すとき」と表現しているんだね。

では、なぜ「明日はどんな顔をしているだろう?」と思っただけなのに、「りつぜんとする」のだろう?

「明日はどんな顔をしているだろう」と考える時、みんな「明日もきっと、すこやかで、すがすがしい顔をしているだろう」と思っていると石垣りんさんは考えているんだね。

そして、「明日もすこやかで、すがすがしい顔ができるかどうかなんて、当たり前ではない」のに、自分も含めたみんながすっかり油断していることに「りつぜんとする」んだね。

「地球が原爆を数百個所持して・・・きわどい淵を歩くとき」

「地球が原爆を数百個所持して」というのは、地球上には、まだまだ数百個もの原爆が存在している、ということを表現しているね。

そして「生と死のきわどい淵をあるく」というのは、そのように原爆がたくさん存在している地球の状態は、生と死のきわどい淵をあるいているようだ、と言いたいんだね。

だって、原爆がたくさん存在しているということは、いつまた原爆が使われて、人類や地球に大きな被害が起きないとも限らないからね。

そんな危険な状態なのに、どうしてあなた(詩を読んでいる人や、その周りの人)はそんなに安らかで、美しい顔をしているの?と問いかけているんだね。

もっと、危険だということに、気がつかなくてはいけないのではないか?と伝えたいんだね。

「何かが近づいてきはしないか」

「何か」とは、なんのことだろう?

ここでは、「何かが近づいてきていないか、よく注意してほしい」と伝えているんだね。

石垣りんさんがこの詩の中で「危険ではないか?」と訴えているものは、そう、「原爆」だね。

なので、「何か」とは、「原爆」のことだよ。

「午前八時十五分は毎朝やってくる」

「午前八時十五分」は、広島に原爆が落とされたときの時刻なんだ。

それが、「毎朝やってくる」ということは、「原爆が落とされるかもしれない可能性というものは、常にあるのだ。いつ起きてもおかしくないことなのだ。」と伝えたいんだね。

「いま在る」

「いま在る」は、「あなた」と「私」につながっているよ。

つまり、「いま」は、今現在のこと。「在る」は、存在しているということ。

今、現在生きている「あたな」や「私」を含む全ての人々のことをさしているんだね。

「やすらかに 美しく 油断していた」

「やすらかに」と「美しく」は、今、現在生きている「あなた」の顔で出てきた表現だよね。

一九百四十五年八月六日の朝に、一瞬にして死んだ二五万の人すべても、「やすらか」で「美しい」顔をして油断していたということだね。

つまり、広島の原爆の犠牲になった人たちも、今現在生きている「あたな」と同じように、やすらかで美しい顔をして、明日もおなじようにやすらかで美しい顔をすることができるだろう、と油断していたと伝えたいんだね。

それでも、実際には原爆が落とされて、その二五万の人々は一瞬で死んでしてしまった。

だから、今現在生きている私たちも、「明日もいつもと変わらない」と油断していてはいけない、と訴えかけているんだね。

テスト対策ポイント③
詩で使われている表現を確認しよう

擬人法

「地球が原爆を数百個所持して」
「生と死のきわどい淵を歩く」

地球は、原爆を「所持」することはないし、「歩く」こともしないね。
地球を人間のように扱っているので、ここで使われているのは擬人法だね。

体言止め

「その時広島にいた
「すこやかな今日の

文の終わりが名詞(体言)で終わっているので、ここで使われているのは「体言止め」だね。

対句法

「すこやかな今日の顔 すがすがしい朝の顔」や、

「見きわめなければならないものは目の前に えり分けなければならないものは手の中にある」、

「あなたの如く 私の如く」

似たような語句などを使って、対照的に表現しているので、ここで使われているのは「対句法」だよ。

倒置法(または省略法)

「も一度見直そう 戦火の跡もとどめぬ すこやかな今日の顔 すがすがしい朝の顔を」

本当であれば、「すこやかな今日の顔、すがすがしい朝の顔を も一度見直そう」という順番が正しいね。

言葉の順番を入れ替えて、印象に残るようにするこの技法は「倒置法」だね。

だけど、この部分については「省略」だと考える意見もあるよ。

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「挨拶ー原爆の写真によせて」
まとめ

まとめ
  • 作者は石垣りん
  • 詩の形式は口語自由詩で、7連からできている
  • 言葉の意味を確認しよう!
  • 詩の内容を確認しよう!
  •  使われている表現技法は、擬人法・体言止め・対句法・倒置法(省略)
yumineko
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