さくいん

分からないコトバもすぐに分かる!歴史で出てくる用語をひとつひとつ簡単な言葉で解説!索引「さ~そ」

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「さ」で始まる用語

西郷隆盛
(さいごうたかもり)
1827年〜1877年
薩摩藩さつまはん(現在の鹿児島県のこと)の藩士はんし江戸時代えどじだい大名だいみょう幕府ばくふから与えられた土地(はん)で大名に仕えていた家臣かしんのこと)。幕府を倒そうとしていたが、坂本龍馬(さかもとりょうま)の働きでずっと敵対していた長州(ちょうしゅう)と同盟を結ぶ(薩長同盟:さっちょうどうめい)。
戊辰戦争(ぼしんせんそう)では、勝海舟(かつかいしゅう)と話し合いをして江戸城を無血開城(むけつかいじょう:血を流さずに城を開かせること。つまり、江戸城の持ち主だった徳川家と争わないで江戸城を渡してもらった)に成功する。
明治維新(めいじいしん)の後には新政府で重要な役になっていたが、征韓論(せいかんろん:韓国を支配するべきという考え方)が他の人に理解してもらえず、政府から抜けることになる。
その後、もともと武士で、新政府に反感をもつ人々の中心になって西南戦争(せいなんせんそう)を起こすが、敗れて自害(自ら命をたつこと)する。
細石器
(さいせっき)
打製石器(旧石器)の種類のひとつ。厚さ2から3ミリのカミソリのような剥片(はくへん・黒曜石を打ち欠いた時にできる剥がれた破片)を骨や木などに付けて槍として使った石器のこと。
細石器のイラスト
登場するページ→高校日本史「旧石器時代」
防人
(さきもり)
中国や朝鮮が日本に攻めてきたときに備えて(準備して)、九州に置かれた兵士のこと。なぜ九州かというと、中国や朝鮮から攻めてくるときは、最短の九州からやってくる可能性が高いから。
例)白村江の戦いのあと、中国の新羅が攻めてきたときに備えて中大兄皇子が九州に防人を置いた。
登場するページ→中学歴史「大化改新」
鎖国
(さこく)
江戸幕府は、キリスト教を信じる人々が集団になって幕府の言うことを聞かなくならないようにキリスト教を禁止した。
さらに貿易をする相手を、キリスト教を広めることはないオランダや中国だけに限定した。
貿易を行う場所も長崎の港だけに限定した。
このように、外国とのやりとりを限定していた状態を「鎖国」という。
鎖(くさり)で国をがんじがらめして守っているイメージだね。
雑訴決断所
(ざっそけつだんしょ)
鎌倉幕府を倒したあと、後醍醐天皇が建武の新政をおこなって、中央に置いた機関の名前。
今でいう裁判所のようなもの。
薩長同盟
(さっちょうどうめい)
江戸時代、薩摩(さつま:現在の鹿児島県)と長州(ちょうしゅう:現在の山口県)はずっと敵対していたが、幕府を倒すために結んだ同盟のこと。
薩摩藩の中心人物は西郷隆盛(さいごうたかもり)、長州の中心人物は木戸孝允(きどたかよし)。
侍所さむらいどころ 鎌倉幕府・室町幕府の役職の名前。将軍しょうぐんの家来である御家人ごけにんを管理していた。罪をおかした人の取りまりもしていた。戦の時は軍の管理もする。現代の警察のイメージ。
もともとは平安時代に、天皇関係の家などに仕えていたさむらいが待機する場所のこと。
登場するページ→小学6年歴史「鎌倉幕府の政治」
猿楽さるがく 鎌倉時代の終わり頃から、祭りの時などに演じられるようになった仮面劇かめんげき。「おきな」という、おじいさんの顔の仮面などをつけて舞う。
三管領さんかんれい 室町幕府では、管領かんれいには足利氏の一門で、有力な守護である「斯波しば氏」「細川ほそかわ氏」「畠山はたけやま氏」の3家が交代でなっていた。
管領とは、室町幕府の役職やくしょくの一つで、将軍のサポートをする1番重要な役職のこと。
三種さんしゅ神器じんぎ 天皇てんのう権威けんいすぐれたものとして、人をしたがわせる威力いりょくのこと)のしるしである特別な「かがみ八咫鏡やたのかがみ)」「つるぎ雨叢雲剣あめのむらくものつるぎ)」「勾玉まがたま八尺瓊勾玉やさかにのまがたま)」。
かがみは「きよらかな知恵ちえ」、勾玉まがたまは「やさしい仁愛じんあいなさぶかい心で、人を思いやること)」、つるぎは「たくましい勇気」を表している。
皇位継承こういけいしょう(天皇のくらいぐこと)と同時に三種の神器も引きがれる。しかし、実物を見ることは誰にも(天皇でさえも)許されていない。
雨の叢雲むらくもの剣は、スサノオノミコトがヤマタノオロチを倒した時に、「オロチの尾を切ったら出てきた剣」と神話(古事記こじき)に書かれている。。
三内丸山遺跡さんないまるやまいせき 日本最大の縄文時代集落しゅうらく(人々が集まって暮らしていたところ)の遺跡。約5500〜4000年前にあった日本最大級のムラと考えられている。最盛期さいせいき(一番さかえてた頃のこと)には500人を超える人が生活していたと考えられている。6本の巨大な木を柱にしていた建物の跡も発見された。
青森県青森市大字三内字丸山にある。
登場するページ→小学6年歴史「縄文時代」

「し」で始まる用語

四職ししき 室町幕府では、「侍所さむらいどころ」が京都の町を守る警察のような役割をしていた。侍所の長官のことを「所司」または「頭人」と呼んだ。
15世紀はじめごろには、この頭人には「一色」「山名」「赤松」「京極」の4氏が交互になった。これを四職という。
氏姓制度
(しせいせいど)
大和政権のしくみのひとつ。豪族は血縁(けつえん)ごとに「(うじ)」という集団を作っていた。また、大和政権で大王のもとで働く豪族は氏ごとに職務(仕事の種類)が決まっていて、大王から地位や家柄を表す「(かばね)」を与えられた。
例えば、蘇我馬子蘇我入鹿で有名な蘇我氏(そがし)は、血縁で集団になって「蘇我」という氏グループを作り、大和政権では「大臣(おおおみ)」という職務についていたので、「氏」は「蘇我」、「姓」は「大臣」になる。
執権
(しっけん)
鎌倉幕府の役職の名前。将軍の次に偉い。将軍のサポートをしたり、実際に政務(政治をおこなうのに必要な仕事)を行っていた。
登場するページ→小学6年歴史「鎌倉幕府の政治」
源頼朝の息子である実朝(さねとも)が三代目将軍になった時、北条時政(ほうじょうときまさ)が執権について、その後は北条氏が執権の役職を継ぐようになった。
院政時代の院の役所の長官のこと。
室町幕府の役職「管領(かんれい)」のことを、鎌倉幕府と同じように執権と呼ぶこともあった。
④鎌倉幕府の執権のように、「主(あるじ)をサポートする」という意味から、大名の家来として働く人のことを執権と呼ぶこともあった。
地頭
(じとう)
鎌倉幕府地方機関のひとつ。
地方の荘園の管理や、の取り立てをする。
持統天皇
(じとうてんのう)
日本の第41代天皇。日本史上3人目の女性の天皇。天智天皇の皇女で、天武天皇のお后さま。天武天皇が亡くなったあと、天皇に即位した。藤原京を作った。
遮光器土偶しゃこうきどぐう 青森県つがる市にある縄文時代じょうもんじだいの遺跡「亀ヶ岡遺跡かめがおかいせき」から出土しゅつどした土偶どぐう。土偶といえばこの土偶のデザインを思い浮かべる程有名。目のデザインがエスキモーの使う遮光器しゃこうきに似ていることから、この名前になった。
遮光器土偶のイラスト
十七条の憲法
(じゅうしちじょうのけんぽう)
聖徳太子が607年に作ったルールのこと。今のように、国民のための憲法違って、朝廷で働く役人の心構えを示したもの。天皇のいうことを守ることや、仏教を大切にすることなどが書かれている。
登場するページ→6年歴史「飛鳥時代」、資料「十七条の憲法
儒教じゅきょう 中国の思想家である孔子こうしが説いた考え方や信仰のこと。四書五経を経典きょうてんにしている。儒教の五経を学んだり教えたりする人である「五経博士ごきょうはかせ」によって日本に伝えられた。聖徳太子が作った十七条の憲法は、儒教の考え方の影響を受けている。
守護しゅご 【鎌倉幕府の守護】
地方機関ちほうきかんのひとつ。地方の武士(御家人ごけにん)の管理をしたり、警察のような仕事をする。
室町幕府の守護】
室町幕府の守護も、将軍の命令をうけて、各国におかれた。仕事内容は一緒だが、鎌倉時代の守護よりも権限けんげん(出来ることの内容や多さ)が大きい。その権限を使ってどんどんと力をつけ、領国りょうごく(自分が支配する国)を広げ、その国の武士のことを従えるようになった守護を「守護大名しゅごだいみょう」と呼ぶ。
守護職しゅごしき 守護の職のこと。守護をする上でもつ権利や、利得などのことを意味する。たとえば、守護はその国の税の取立てを行うことができる場合、「○○国と××国の守護職をもつ」ということは○○国と××国の税の取立てする権利を持っているということ。
守護大名しゅごだいみょう 室町時代守護は、鎌倉時代の守護よりも大きな権力を持っていたので、「守護大名」と呼ばれた。
大名というのは、もともと「大きな名田みょうでん」という意味で、名田とは、「自分の名前がついた田」という意味。つまり、自分の田(土地)のこと。
室町時代の守護は警備や軍事の仕事だけでなく、税の取り立てや土地の管理なども任されたので、力を持つようになった。
戦国大名せんごくだいみょうとの違いは、守護大名は将軍の命令で守護になり、力をつけたが、戦国大名は自分の力で守護大名を倒すなどして、領国を広げている。中には、守護大名がさらに力をつけて戦国大名になったものもいる。
出家
(しゅっけ)
家を出て、仏の道に入る事。歴史の中では、権力争いのなか、「出家」する=「権力争いから身を引く」という意味も持つ。なので、ライバルを出家させることもあった。
出家するときには髪(飾:しょく)を剃り落とすので、「落飾(らくしょく)」とも言う。
荘園
(しょうえん)
私的な領地のこと。つまり、個人が持っている土地のこと。
大化改新をきっかけに「公地公民(こうちこうみん)」となり、土地は国のものになった。国から民へ「田」が与えられ、田で獲れた米を税として収める必要があったが、「結局自分のものではない」土地から
逃げ出したりするものが多く、困った朝廷は「墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)」というルールを作った。
これにより「耕した田は、ずっと自分のもの」となり、力を持っている豪族や貴族、寺や神社がどんどんと土地を耕し、自分たちの土地を広げていった。
大きな土地を管理するために事務所を置き、これが「荘」と呼ばれた。
そのため、このような個人の土地を「荘園」と呼ぶ。
関係のある用語→「寄進系荘園(きしんけいしょうえん)」「延久の荘園整理令(えんきゅうのしょうえんせいりれい)
貞観地震じょうがんじしん 貞観11年(869年)に起きた地震。5月26日に三陸沿岸さんりくえんがんを襲った地震で、マグニチュードは8.3~8.4(8.6との記録も)。大津波が発生して、多賀城下たがじょうか(現在の宮城県)では1000人が津波により亡くなったと言われている。(日本三代実録より)
東日本大震災と共通する部分があるとの意見もある。
上皇
(じょうこう)
天皇が退位すると、上皇と呼ばれるようになる。
退位した天皇は「院」と呼ばれる邸に移ったりする。
院政の時代には、上皇した天皇が、その時の天皇に代わって政治の実験を握っていたりしたので、「院」で政治が行われるという意味で「院政」と呼ばれる。
 正中しょうちゅうへん 鎌倉幕府の政治が混乱しているスキに後醍醐天皇が幕府を倒そうとしたこと。
計画中に幕府にバレてしまって、失敗した。
メンバーは後醍醐天皇、近臣きんしん日野資朝ひのすけとも日野俊基ひのとしもとら。
後醍醐天皇は鎌倉に使いを送って、「自分は関係ない」と言い張って助かった。
日野資朝は佐渡国さどのくに(現在の佐渡島)に流されてしまった。
1324年の正中元年に起こったので、正中の変と呼ばれる。
ちなみに後醍醐天皇はまた1331年にも幕府を倒そうと計画するが、これも失敗して岐隠おきに流される(元弘げんこうへん)。
その後、隠岐を脱出して1333年にはとうとう幕府を倒す。
聖徳太子
(しょうとくたいし)
用明天皇の皇子。蘇我馬子の姪の息子なので親戚関係にある。
推古天皇は聖徳太子の伯母。
推古天皇が女性だったので、政治をサポートする摂政になった。
蘇我氏があまりに力を持ち過ぎるのを防ぐため、天皇中心の国づくりを目指した。
朝廷の役人の心構えを定めるために「十七条の憲法」を作った。
他にも朝廷で能力のある人が働けるように、「冠位十二階」を定めた。
小野妹子を隋へ派遣し、隋の文化や政治の知識を日本に取り入れようとした。
仏教を大切にし、四天王寺(してんのうじ)法隆寺(ほうりゅうじ)を建てた。
聖徳太子の皇子の山背大兄王(やましろのおおえのおう)蘇我入鹿(そがのいるか)によって殺されてしまう。
登場するページ→6年歴史「飛鳥時代」、資料「十七条の憲法
条坊制
(じょうぼうせい)
碁盤(ごばん)の目のように、路(みち)が交差している左右対称の四角のデザインのこと。
唐(とう:中国の昔の国の名前)にある都が条坊制のデザインだったので、日本の平城京(へいじょうきょう)や平安京(へいあんきょう)などの都でも同じようなデザインにしていた。
条坊制は風水的に縁起がいいとか、網目状に道があるので、移動に便利と言われている。
登場するページ→6年歴史「奈良時代」
聖武天皇
(しょうむてんのう)
奈良時代の第45代天皇。の文化や仏教を取り入れることに力を入れた。このころの世の中は病気がはやったり、作物が取れなかったり、災害などが起こり人々が不安になっていたので、世の中を平和にし、人々を救おうと考え東大寺の大仏を作った。
外国から伝わった品物は聖武天皇の宝物で、聖武天皇が無くなった後には皇后の光明皇后によって正倉院に大切に保管されている。
登場するページ→6年歴史「奈良時代
縄文時代
(じょうもんじだい)
日本の歴史を「時代」で分けたときの区切りのひとつ。
旧石器時代に比べて、土器や「弓矢」を使うようになったことで食生活が大きく変わり、一か所に住むようになり、「竪穴住居」を作るようになった。縄で文様をつけた「縄文土器」を使っていた時代。
登場するページ→小学6年歴史「縄文時代」、中学歴史「縄文時代」
縄文土器
(じょうもんどき)
縄文時代に使われていた土器のこと。縄で文様(もようのようなもの)をつけて作られていたので「縄文土器」と呼ぶ。
縄文土器のおかげで、人々の食生活が大きくかわって、決まった場所に住むことが出来る生活になった。
縄文土器の特徴は、厚手で、黒褐色(こっかっしょく)のものが多い。有名なものに、炎が燃えている様子をデザインしたと考えられいてる「火炎土器(かえんどき)」と呼ばれる土器がある。
親政
(しんせい)
その国の君主(国王や皇帝、天皇など)が自分で政治を行うこと。
例えば推古天皇の時代は聖徳太子摂政として、政治を代わりに行ったり、院政の時代には退位した上皇がその時の天皇に代わって政治を行なったりしていたのとは違い、「自分で政治を行う」ということ。
寝殿造
(しんでんづくり)
新羅
(しんら・しらぎ・シルラ)
古代の朝鮮半島南東部にあった国家。百済・高句麗・新羅があった時代を朝鮮の歴史では「三国時代」と呼ぶ。
百済と高句麗が中国の唐に攻撃されて滅亡(めつぼう:滅ぶこと)し、676年に新羅が朝鮮半島を統一した。
935年に高麗に滅ぼされた。
登場するページ→中国歴史「大化改新」「大化改新」

「す」で始まる用語

ずい 6世紀後半に中国を統一した(つまり、中国をひとつにまとめたということ)王朝おうちょう(皇帝や天皇など「王」が政治を支配すること)の名前。みやこ(首都のこと)は長安ちょうあん
日本の平城京平安京は、長安をお手本にして作られたと考えられている。
600年〜618年の間に、3回から5回、倭国わこく(日本の昔の呼び方)から隋へお使いが派遣されていて、これを「遣隋使けんずいし」と呼ぶ。聖徳太子が派遣したと言われている小野妹子おののいもこが有名。
遣隋使を送るのは、隋の文化や政治のしくみを学んで日本に取り入れるため。
推古天皇すいこてんのう 日本の第33代天皇。初の女帝(女性の天皇)。在位期間は飛鳥時代の593年から628年の36年間。
おい聖徳太子しょうとくたいし摂政を務めた。
水稲耕作すいとうこうさく 水田で稲を栽培すること。日本では弥生時代に大陸(中国や朝鮮)から米作り九州に伝わり、水稲耕作が始まったと考えられている。
須恵器すえき 土器どきの種類のひとつ。縄文土器弥生土器素焼すやきなのに対して、須恵器はロクロを使って成形せいけい(形をつくること)し、かまで高温で焼いているのでとても硬い器が出来る。青灰色の硬い陶質とうしつが特徴。
古墳時代に渡来人とらいじんから須恵器の作り方の技術が日本に伝わり、5世紀初め頃から作られるようになった。
登場するページ→中学歴史「古墳時代」
受領ずりょう 平安時代のころ、朝廷の命令で現地に行って、現地の政治の責任を負う「国司こくし」のリーダーとなった人のこと。
どんどんと地方で税を集めて、もうけようとする人もいた。

「せ」で始まる用語

征夷大将軍
(せいいたいしょうぐん)
もともとは平安時代朝廷に逆らっていた東国の蝦夷(えみし)」をやっつける軍のリーダーのこと。
1192年に源頼朝が征夷大将軍に任命され、鎌倉幕府が開かれた。
それから「征夷大将軍」=「武士のトップ」=「幕府のトップ」になった。
登場するページ→小学6年歴史「武家政権のはじまり」「鎌倉幕府の政治」
清少納言
(せいしょうなごん)
平安時代中期の女流作家。代表作は「枕草子(まくらのそうし)」
一条天皇の中宮定子(ちゅうぐうていし)女房(にょうぼう)。
登場するページ→歴史人物図鑑「清少納言」
摂関家
(せっかんけ)
藤原氏のように、摂政関白の地位を代々受け継いできた一族のこと。
摂関政治せっかんせいじ ここに説明文を入力してください。
摂政せっしょう 天皇がまだ幼かったり、女性だったり、病気だった場合など「政治を行うことが出来ない」ときに天皇の代わりに政治を行う役のこと。
摂政になれるのは皇族。
たとえば、推古天皇は女性なので、皇子だった聖徳太子が摂政になっている。
戦国大名せんごくだいみょう 室町時代の守護大名しゅごだいみょうの地位を奪って権力を持ったり、守護大名自身がさらに権力を持つようになったりして戦国大名が登場した。大名というのは、もともと「大きな名田みょうでん」という意味で、名田とは、「自分の名前がついた田」という意味。つまり、自分の田(土地)のこと。
守護大名しゅごだいみょうとの違いは、守護大名は将軍の命令で守護になり、力をつけたが、戦国大名は自分の力で守護大名を倒すなどして、有力な武士が一国を実力で支配するようになったもののこと。
中には、守護大名がさらに力をつけて戦国大名になったものもいる。
戦国大名同士が領地をめぐって争うようになったのが戦国時代
先史時代せんしじだい そのころ何が起きたか、どんな様子だったかが書かれている史料がある時代を「有史時代(ゆうしじだい)」と呼ぶのに対して、史料がなく、遺跡で発見される化石などから、その時代の様子を研究するしか方法がない時代のこと。
前方後円墳ぜんぽうこうえんふん 古墳のデザインの一つ。古墳の前のほうは「方形(四角のこと)」で、後ろのほうが「円」の形で、カギ穴のようなデザイン。
3世紀中頃から7世紀ごろまで多く作られ、日本の古墳の代表的(よくあるということ)なデザイン。
大和政権と関わりがあったと考えられているので、前方後円墳の古墳は大きいものが多い(つまり、力を持っていた人のお墓が多いということ)。
大阪府堺市にある、日本で一番大きな大仙古墳(だいせんこふん)も前方後円墳で、仁徳天皇(にんとくてんのう)のお墓であると考えられている。
登場するページ→6年歴史「古墳時代」

「そ」で始まる用語


(そ)
租庸調(そ・よう・ちょう)という税の制度の、税の種類のひとつ。
民に田を与えて、そこで獲れた米の3%から10%を税として納めさせた。

(そう)
ここに説明文を入力してください。
蘇我氏
(そがし)
「蘇我」を「氏(うじ)」としていた氏族。もとは天皇の血筋で、代々「大臣(おおおみ)」という重要な役職についていた氏族。
蘇我稲目(いなめ)・蘇我馬子(うまこ)・蘇我蝦夷(えみし)・蘇我入鹿(いるか)が有名。
蘇我稲目のころは仏教を受容し、渡来人を支配することで進んだ技術や知識を得て力を伸ばした。娘を天皇の后にすることで、ますます力をつけ、ライバルだった物部氏を倒すことで地位を確実なものにした。
蘇我馬子は聖徳太子とともに朝廷の中心で国づくりを行った。
蘇我氏の力が大きくなりすぎたため、中大兄皇子中臣鎌足によって蘇我入鹿は暗殺された(乙巳の変・いっしのへん)。蘇我蝦夷も自殺し、蘇我氏の本家は滅ぼされた。

 

 

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2児の母。2019年の長女の高校受験時、訳あって塾には行かずに自宅学習のみで挑戦することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。 志望校にトップ10位内で合格を果たす。 勉強をみるにあたって感じたのは、教科書の説明には子供には分かりづらい部分が多く、子供にイメージしやすく噛み砕いて説明するのがとても有効だということ。 同じように教科書の内容が分かりづらいと感じている子供たちの ヒントになれば、との思いで「教科書を分かりやすく通訳するサイト」創設。

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