歴史人物図鑑

歴史人物図鑑「卑弥呼」小学生にもわかりやすく解説!卑弥呼の正体は?邪馬台国の場所は?

卑弥呼ひみこ邪馬台国やまたいこくについては、今でもナゾに包まれているよね。

yumineko
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ここでは、教科書で説明されているような一般的な説と、
おまけとして「卑弥呼と邪馬台国の本当の正体」について面白い説を紹介するよ。

卑弥呼ひみこってどんな人?
(教科書の説明)

卑弥呼がどんな人物かを説明した人物イラスト

卑弥呼のことは、「魏志倭人伝ぎしわじんでん」に書いてあった

教科書に書いてある卑弥呼

中国の「魏志倭人伝ぎしわじんでん」に登場する邪馬台国やまたいこくの女王。へ使いを送り、239年には、魏の皇帝こうていから「親魏倭王しんぎわおう」の称号しょうごう金印きんいん銅鏡どうきょうなどをさずかる。

つまり、3世紀ごろ(弥生時代やよいじだい)の日本に、どうやら「卑弥呼」という人がいたらしいということが、「魏志倭人伝」に書かれていたということだね。

「魏志倭人伝」って?

「魏志倭人伝」といっても、そういう本があるわけではないんだ。
中国の歴史のことが書かれた「24(つまり歴史書が24あるということ)」のうちのひとつ三国志さんごくし」の中の「倭人わじん(日本人のこと)」について書かれた部分のことを「魏志倭人伝」と呼んでいるんだ。

その魏志倭人伝に、「卑弥呼」のことや「卑弥呼が邪馬台国という国の女王だった」ということが書かれているんだよ。

詳しくは何が書いてあるの??
くまごろう
くまごろう
まずは書いてあった内容のうち、邪馬台国と卑弥呼についての大事な部分をそのまま紹介するね。

倭人わじん帯方郡たいほうぐんの東南の大海の中にある。に行くには、朝鮮ちょうせんを海岸沿いに航行こうこうすると(一部略)対馬国つしまこくに着く。(一部略)船で10日、さらに陸路を1ヶ月行くと邪馬台国に着く。

倭の男は、大人も子供も顔や身体に刺青いれずみをしている。女は髪を束ねてまげを作っている。稲や麻を栽培し、養蚕ようさん織物おりものをする。

以前は男王だったが、何年間も戦いが続いたので、共同で卑弥呼を女王にした。卑弥呼は呪術じゅじゅつが大変うまく、人々を信頼させた。千人の女奴隷どれいを使い、1人の男子のみが飲食をささげ言葉を伝えた。宮殿きゅうでん楼観ろうかんを厳重に作り、常に兵が守っている。

景初けいしょ3(239)年6月、卑弥呼は使者を帯方郡に派遣はけんし、皇帝に謁見えっけん朝貢ちょうこうすることを求めた。その年の12月、皇帝は卑弥呼に「今あなたを親魏倭王しんぎわおうにんじ、金印紫綬きんいんしじゅを授け、銅鏡どうきょう百枚などを与える」という手紙を送った。

卑弥呼が死ぬと、直径百歩ほどの大きな墓を作った。奴隷どれい百人以上も一緒に埋められた。その後、男王を立てたが戦いがおきたので、卑弥呼の一族の13歳の少女壹与いよを王とし、ようやく国は収まった。

くまごろう
くまごろう
ちょっと難しい言葉が多いので、どんなことが書いてあるのか、カンタンに説明するよ。

書いてあること①邪馬台国の場所について

帯方郡たいほうぐんというのは、今の韓国のソウルよりちょっと北あたりのところ。このころは中国の「」という国の一部だったんだ。

この帯方郡から韓国沿いに海を渡って、対馬国やいくつかの日本の島を超えて、さらに陸路を進んだり、船に乗ったり・・・とても詳しい行き方が書いてあるよ。

最終的には、帯方郡から邪馬台国までは12000ほどかかる、と書いてあるよ。
色々説はあるけど、これは大体840㎞くらいと考えられているんだ。

途中に登場する島の名前などは実際どこのことかが大体わかっているんだけど、そのほかの場所や道などは分からないので、結局「邪馬台国は日本のどこにあったのか」が分からない、ということなんだ。

くまごろう
くまごろう
色々説があって、この道順をもとに「九州にあった」という説、「大和地方やまとちほうにあった」という説、さらに「四国にあった」という説があるよ。
まとめ
魏志倭人伝に帯方郡から邪馬台国までの道順や距離がかかれているけど、そもそも登場する場所がどこか分からないものがあるから、邪馬台国の場所もナゾのまま

書いてあること②卑弥呼がどんな人か

の国(日本のこと)は、「くに」同士で争って大変だった。そこで、共同で一人の女性を女王にしたんだ。それが卑弥呼。

卑弥呼は、占いが上手で、それで人々を信頼させていた。

1000人の奴隷どれいを使っていたということは、とても偉かったんだね。
でも卑弥呼に近づくことができるのは1人の男の子だけだったとのこと。
卑弥呼の食事のお世話をしたり、卑弥呼が占った結果などを伝える役割をしていたんだね。

くまごろう
くまごろう
卑弥呼の占いは、卜術ぼくじゅつだったと魏志倭人伝には書かれているよ。
卜術というのは、骨を焼いて、その割れ目の入り方で占いをする方法だよ。
朴術がなぜその名称になったかを説明する漫画
まとめ
争いばかりだったので、占いの上手な卑弥呼を女王にしたら争いが治まったこうしてできた小国連合しょうこくれんごうが「邪馬台国」

書いてあること③卑弥呼が何をしたか

景初3年(239年)の6月に、卑弥呼が帯方郡にお使いをやって、魏の皇帝にプレゼントを贈ったんだ。
このころの中国は大国で、周りの国は中国にプレゼント、つまり貢物みつぎものをしていた。
皇帝は、お返しの品をくれたり、「称号しょうごう」をくれたり、金印をくれたりする。そうすると、「皇帝にも認められた」ということで、リーダーとしての地位のアピールになるわけだね。

卑弥呼も、同じ年の12月に皇帝から「親魏倭王しんぎわおう」という称号と、金印と組みひも、そして銅鏡を100枚受け取ったと魏志倭人伝に記録が残っているんだよ。

まとめ
魏の皇帝にプレゼントを贈って、「親魏倭王」の称号と金印、お返しのプレゼントをもらった!

書いてあること④卑弥呼が亡くなったあとどうなったか

卑弥呼率いる邪馬台国は、近くのクニ狗奴国くなこく」と争っていたんだ。
それを応援しようと、魏からは軍で使う旗などが送られてきたんだけど、それを持ってきたお使いの人々は卑弥呼が死んでしまったことを知るんだ。(すでに死んでしまっていたのかどうか、死因などはナゾ)

卑弥呼が死んでしまった後、また男性が王になったりもしたんだけど、また邪馬台国の中で争いが起きるようになってしまった
そこで、「やっぱり女王」ということで卑弥呼の一族の壹与いよ(伊予※)という13歳の女の子が女王になったよ。※この13歳の女の子の名前と漢字は、色々な説があるよ。

それからは、また邪馬台国の争いはおさまったとのこと。

まとめ
邪馬台国と狗奴国が争って、そのころ卑弥呼は死んでしまう。死んだ後に男性が王になるとまた争いが起きて、卑弥呼の一族の壹与が女王になると争いはおさまった
yumineko
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魏志倭人伝を小学生でもわかりやすい言葉になおして詳しく解説しているページもあるので、良かったら読んでみてね。
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卑弥呼と邪馬台国の本当の正体とは?

yumineko
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ここからはおまけ。卑弥呼と邪馬台国について面白い説を紹介するので、興味があったら読んでみてね!

さて、魏志倭人伝には「邪馬台国」に「卑弥呼」という女王がいた、と書いてあるんだけど、これって完璧な情報かな??

日本に漢字が伝わったのは4世紀から5世紀ころで、それ以前の日本には固有こゆうの文字はなかったので、すべて言葉で伝えるやりとりだったんだ。

だから日本にはこの頃のことを記録した歴史書はなくて、中国の歴史書に書いてある日本の様子を手掛かりにするしかないんだよね。

これって、例えるなら「君は日記を書いていないけど、君の隣の家の子が君の様子を記録してくれていて、その記録をもとに100年後の君の子孫が「君がどんな人だったか」を研究する」ようなもの。

しかも、その隣の家の子は外国人で、君とは話す言葉が違う。そして君は、その子には全部言葉で伝えただけ(写真もなければ、メモなんかもない!)。

そんなの、正確に伝わるのは至難しなんのワザだよね・・

話は戻って、倭の人々が使っていたのは日本語だよね。それを聞いた魏の人は、その「音」をそのまま聞こえた発音で漢字に置き換えることになるよね。

くまごろう
くまごろう
昔の日本だって、アメリカの言葉(アルファベット)を聞こえた発音どおりにカタカナに置き換えるでしょ。

ということは、そもそも日本人が話した言葉の発音を正確に聞き取れていたかどうかも分からないんだ。

卑弥呼ひみこという名前になっているけど、本当は「ひめみこ」とか「ひめこ」とか、ちょっと違った可能性だって考えられる。

邪馬台国やまたいこくも、本当は「やまと国」だったかもしれない。

・・・!
「やまと」と「ひめみこ」・・・
くまごろう
くまごろう
そう、もし本当は「やまと」だったとしたら、大和朝廷の「やまと」とツジツマが合うよね。
天皇てんのうの子供のことは「皇子みこ」というんだけど、女性だから「姫皇子ひめみこ」だったとしたら、これもツジツマが合うんだ。
確かに・・・!
でも、漢字が全然違うよ??
くまごろう
くまごろう
説明したように、卑弥呼も邪馬台国も、日本人の発音に漢字をあてただけの可能性があるんだ。

ちなみに、このころの中国では「中華思想ちゅうかしそう」といって、「中国以外の他の国のことを表すときには、あまり良くない意味の漢字を使う」ということが多かったんだ。

卑弥呼の「」は「いやしい」という意味だし、邪馬台国の「じゃ」もいいイメージではないよね。
だから、卑弥呼と邪馬台国に使われている漢字は、中国の人々の考えだけでつけられている可能性が大きいと思うんだ。

ということはやっぱり本当は「やまと」と「ひめみこ」だったのかもしれないね。

もしも「やまと」と「ひめみこ」が本当だったとしたら、大和地方に邪馬台国があった説が有力になるね。
大和朝廷がいつ頃出来たのかの資料はなくて、これも今でもナゾになっているんだけど、実は邪馬台国が大和朝廷のことで、卑弥呼は女性の天皇だったのかもしれないね。

たしかに、大和朝廷も「クニ」がいくつか集まってできたんだよね。
古墳時代の学習ページでは「大和朝廷」がいつ出来たかはナゾになっていたけど、邪馬台国がスタートだったと考えるとしっくりくるね!
yumineko
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大和朝廷のことが良く分からなかったら、解説ページがあるので読んでみてね。
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※他にも、「日(ひ)を司る巫女(みこ)」の「ひみこ」だったという考え方もあるよ。
太陽をつかさどる日本で重要な神様に「天照大神あまてらすおおみかみ」がいて、実は卑弥呼=天照大神だったのでは、という説もあるよ。

yumineko
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卑弥呼と邪馬台国については色んな説があるよ。
まだまだ謎に包まれているんだ。君たちが大人になるころには、本当のことがわかるようになるかもしれないね。
今回のお話も、説のひとつに過ぎないけれど、「おもしろいなぁ」と卑弥呼や邪馬台国のことに興味をもつきっかけになれば嬉しいな。
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yumineko
2児の母。2019年の長女の高校受験時、訳あって塾には行かずに自宅学習のみで挑戦することになり、教科書をイチから一緒に読み直しながら勉強を見た結果、偏差値20上昇。 志望校にトップ10位内で合格を果たす。 勉強をみるにあたって感じたのは、教科書の説明には子供には分かりづらい部分が多く、子供にイメージしやすく噛み砕いて説明するのがとても有効だということ。 同じように教科書の内容が分かりづらいと感じている子供たちの ヒントになれば、との思いで「教科書を分かりやすく通訳するサイト」創設。

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